「夜、愛していたよ」 過去形の愛の言葉を囁いて、あの人は私の前から姿を消した。 本当はずっと前からわかっていたのに知らないふりをしていたのは、ほんのわずかな期待から。 もしかしたら、なんて思うだけ無駄だったんだ。 「月闇三席、檜佐木副隊長がお見えです」 「はーい、通して」 五番隊三席。 それが私の地位。 藍染惣右介が尸魂界を去って以来、病床に伏せている副隊長といなくなった隊長の代わりを努めなければならなくなった。 「夜、元気にしてるか?」 「元気じゃありませんよ。三席に一隊を任せるなんて、護廷もよっぽど人手が足りてないんですね」 「他人事みたいに言うなよ」 「他人事だと思わなきゃやってられませんよ」 この男、九番隊副隊長である檜佐木修兵は私の同期。 そして、恐らく今尸魂界で唯一私とあの人の関係を知っている人。 「夜、は大丈夫なのか?」 「大丈夫なわけないじゃないですか。あれ以来一日も休まずに働いてますよ」 「そう言う意味じゃなくてだな……」 修兵が苦い顔をした。 その先に続く言葉はわかっているけれど、それを口にしたらきっと私は壊れてしまうから。 「ほら、さっさと戻った。アンタの隊も大変でしょ」 「夜、今度空座町に行くこと」 「知ってるに決まってんでしょ。何のために私が隊首会に出てると思ってんの」 「いいのか?」 「いいに決まってんでしょ。早いとこ大逆の罪人藍染、惣右介……を……」 それっきり言葉は続かなかった。 修兵は、ただ泣き崩れる私の背中をさすっていてくれた。 「そんなに辛いんなら俺にしとけ。俺ならお前を泣かせない」 そんな優しい言葉をかけないで。 私には幸せになる資格なんてないんだから。 それから数日後、藍染惣右介は捕えられた。 囚われの身となってもなお、彼の瞳は揺るがなかったと聞く。 「副隊長、一週間休暇をいただきたいのですが」 「そうだね、夜ちゃんにはずっと頑張ってもらってたからいいよ」 「ありがとうございます」 副隊長も通常業務をこなせるまでに回復した。 これで五番隊は安泰だ。 流魂街の外れ、一人歪んだ笑みを漏らす。 此処に来るのはいつ以来だろうか。 「惣右介、しくじっちゃったみたいね」 返事なんか返ってくるはずもない。 彼は今、私の手の届かない場所に繋がれているのだから。 「アンタが出てくるまでには、私がこの世界を変えてあげるから、さ」 空を切り裂く。 視界には黒い闇。 足を踏み入れる私の手には、小さな塊。 「そしたらまた一緒に」 この世界の覇者となろう。 私を見抜けなかったアンタをあざ笑って、跪かせてあげるから。 この世界に存在したもう一つの崩玉を手に、私は尸魂界を後にした。 「ごめんね、修兵。ありがとう、か……」 アイツは消えた。 雛森の話だと一週間休暇をくれって言ったっきり戻ってこないらしい。 そして九番隊宛ての書類に紛れていたのは俺宛ての手紙とも言えないほどの紙切れ。 気付いていたのに止められなかったのは俺の弱さ。 わかっていたのに知らないふりをしていたのはほんの少しの期待から。 握りしめた紙切れからは微かにアイツの香りがした。 END back |