ふらりとやって来た現世。 久しぶりの非番でも特にすることなんかなくて、それでもなんとなく部屋に籠っているのも嫌だったから来てみた。 ただそれだけだ。 ただそれだけ、なのに。 暇つぶしに現世にやってきた。 現世ってのはどうも空気が薄くて好きじゃねえ。 加えてどこもかしこも弱そうな人間で溢れてやがる。 やっぱりこんなとこ来るんじゃなかったと虚圏に帰ろうとした時だった。 「てめえ……俺のこと見えんのか?」 「う、うん。幽霊なんでしょ?」 今、私の目の前には破面。 発される霊圧は重い。 こんなことなら刀を持ってくるんだった。 普通の虚なら鬼道で倒せると思ってたのに。 幸い義骸に入ってるし、このまま気付かれなければいいのに。 「まァそんなもんだな。俺はそん所そこらの幽霊とは違うぜ?」 「どういうこと?」 「こういうことだ」 私の真横を虚閃が走り抜けた。 背後にあった気が音を立てて地面に倒れた。 斬魄刀があればいざ知らず、やっぱり鬼道だけでこの破面と戦うのは死にに行くようなもの。 まだ、命は惜しい。 「お前、俺のことが怖くねえのか?」 「怖いっていうか……凄いと思う。こんなことできる幽霊は初めて見たから」 破面は声を上げて笑った。 そうだそうだ、このまま呆れてさっさと虚圏に帰ってくれ。 今なら尸魂界には報告しないであげるから。 「お前、名は何て言うんだ?俺はグリムジョー・ジャガージャックだ」 「月闇夜」 「夜か、いい名前だな」 面喰った。 まさか破面にこんなことを言われるなんて。 流魂街に育った私は気が付けばこの名前を名乗っていて、誰がどんな思いで名付けたのかも知らない。 「グリムジョーって呼んでもいい?」 「勝手にしろ」 「グリムジョーってのもいい名前だね」 「ハッ、そんなこと言われたのは初めてだぜ」 公園のベンチに座っていた私。 気が付けばグリムジョーは隣に座っていた。 傍から見れば独り言を呟いている奇妙な女にしか見えないだろう。 「ねえ、グリムジョーってどこに住んでるの?」 「そうだな……あの空の上だ」 「幽霊にもあるんだ、住処」 「お前らとそう変わんねえよ」 「ふうん」 空を見上げてみた。 虚圏にはもちろん行ったことはないけれど、見てみたいとは思った。 虚の住処だなんて物騒極まりないけれど。 「夜はどこに住んでんだ?」 「ずーっと遠いところ。グリムジョーが行ったことのないくらい遠く」 「そうか」 「詳しく聞かないんだね」 「聞いても教える気ねえだろうが」 隣のグリムジョーを見れば、浅葱色の瞳の中に私が映っていた。 思わず吸い込まれそうで、目を逸らした。 「もう行くわ。またな」 「うんまたね」 そう言ってグリムジョーは闇に消えた。 残された私も闇に消えた。 もし私が破面だったら、 もし俺が死神だったら、 この手を伸ばすことができたのかもしれない。 あの時手をとったのは淡い期待があったから。 あの時手を振りほどかなかったのはもしかしたらと思ったから。 再会の時はすぐそこに。 END back |