「夜!お前は俺のことを好きになる!」 「何言ってるんですか、副隊長。寝言言う暇があるなら仕事してください」 九番隊副官室。 突然副隊長が立ちあがったと思ったら、私が副隊長のことを好きになるだなんて訳のわからない予言を叫んだ。 「だから、俺がお前を落とすって言ってんの」 「はいはい、女たらしが何を言ってるんですか。いい加減にしないと東仙隊長にチクリますよ」 九番隊副隊長檜佐木修兵といえば、瀞霊廷内でも屈指のプレイボーイだ。 顔もそこそこ良くて強くておまけに副隊長ときたら、世の女が放っておかないのも頷ける。 しかしながら唯一の欠点があって、それは浮気癖。 浮気癖というよりもむしろ二股三股は当たり前らしい。 本人曰く、俺は全員を平等に愛しているんだと。 「夜、今日の夜空いてねえか?」 「用事はありませんが、副隊長とお食事を一緒する時間は生憎持ち合わせておりません」 「じゃあ昼飯は?」 「瀞霊廷通信の〆切は明日ですよ?呑気に昼食を取っている時間なんてありません」 こんな調子であの宣戦布告をされた日から毎日のように私を誘ってくる。 確かに副隊長のことは尊敬しているけれど、あくまでもそれは仕事上の話。 プライベートとなれば話は別だ。 「……というわけなんだよ。どうしたら諦めてくれると思う?」 「そりゃあまた贅沢な悩みだな。檜佐木さんも本気なんじゃねえの?」 「あり得ない、絶対にあり得ない。第一、副隊長が一人の女と付き合ったなんて話一度も聞いたことないし」 「それは俺もそうだけどよ……」 たまらなくなって、同期の恋次に相談を持ちかけた。 彼は檜佐木さんと仲がいいし、もしかしたらいい解決方法を提案してくれるかもしれないと思ったから。 「そういえば、最近檜佐木さんの噂聞かなくなったよね」 「そうだな、なら今は誰とも付き合ってねえんじゃねえか?」 檜佐木さんのことなら彼に聞け、と恋次が呼んだイヅル君もまた同期だ。 あの副隊長のことだ、絶対陰で何人もの女と付き合っているに決まってる。 「それにさ、落としてやるとは言われたけど、別に好きとは言われてないんだよね」 「は?それはお前が聞いてなかっただけなんじゃねえの?」 「えー、だっていきなり立ち上がって“お前は俺のことを好きになる!”だよ?もしかしてからかわれてんのかな」 「さすがに檜佐木さんもそんなことはしないと思うけど……」 イヅル君、そんなに弱弱しく言われたらこっちだって不安になるから。 この二人に相談したところでいい解決方法は見つからなかったか。 明日、ちゃんと断ろう。 「は?」 「ですから、何度誘われようと私は副隊長に落ちるなんてことはありませんから。諦めてください」 翌日、副隊長に頭を下げた。 いいかげんうっとおしい。 いくら副隊長とは言え、そろそろ我慢の限界だ。 「ますます気に入ったぜ。よし、今日飯食いに行くか!」 「ですから……」 私の意思とは裏腹に、結局副隊長と食事に行くことになってしまった。 目の前で嬉しそうに箸を進める副隊長。 私とてこの場が楽しくないわけではない。 けれども、やっぱりこういうことははっきりさせておいたほうがいいわけで。 「夜は三席になってどのくらい経つ?」 「もう十年ほどでしょうか」 「そっか、十年か……」 「それがどうかしましたか?」 「いや、何で俺は今まで夜の魅力に気づかなかったんだろうと思ってな」 危うく飲んでいたお茶を噴き出してしまうところだった。 なんだ、この檜佐木修兵という人はいつもこんなクサい台詞で女を落としてるのか? 「そんなこと言っても無駄ですよ。どうせいつも使ってる手なんでしょう?」 「使わねえよ。使わなくたって女なら寄ってくる」 「うわ、それ恋次が聞いたら泣きますよ」 「つーかお前、俺のこと何だと思ってんだよ?」 「見た目も良くて強くてでも女にだらしない副隊長です」 「褒めてんのか貶してんのか……」 「一応褒めてます」 副隊長とこんな会話をしている自分を客観的に見たら笑いが込み上げてきた。 そういえば、副官補佐をするようになってからこんな風に副隊長と話したことなかったかも。 気づけば副隊長がいつもと違う優しい目でこちらを見ていた。 「何だよ、夜も普通の女みたいに笑うんじゃねえか」 「失礼ですね、副隊長こそ私のこと何だと思ってるんですか」 「黙って笑ってりゃ可愛い癖に、馬鹿真面目で男っ気のない部下」 「お褒め頂きありがとうございます」 「褒めてねえよ。まあ、俺はそこが好きなんだけどな」 そう言って副隊長は笑った。 何だろう、心臓の辺りがズキリと痛んだ。 「言っとくが、俺は今他に女は居ねえからな。夜だけだ、そう簡単に諦めてたまるか」 「ですから私、は……」 副隊長のこと好きじゃありませんって言えなかった。 嘘は吐きたくなかったから。 だけどもう少し、このもやもやとした気持ちが晴れるまでは黙っておこう。 END back |