私は足を踏み出すのを躊躇った。
それでも再び足を踏み出そうとした時、背後から声が聞こえた。



「キミ、残念やけどまだ死なれへんよ」



振り返れば、見慣れない黒い着物を着た人物。
彼が人間ではなく幽霊の類だということはわかったけど、幽霊が私に話しかけてくるなんて初めてのことだったから、どうしていいやらわからない。



「ボクのこと見えてるんやろ?」
「……はい」
「そんで話もできとる。こないな人間見たん初めてや」
「そうですか?幽霊が見える人間なんて意外といるものですよ」



そう言ったら、目の前の幽霊はクスクスと笑った。
何か変なことでも言っただろうか。



「幽霊、ねえー。間違いでもないんやろうけど」
「貴方、幽霊じゃないんですか?」
「ボクは死神や」



死神?初めて目にするその存在に、薄らと恐怖を覚える。
今まさに自らの生命を絶とうとしていたというのに、何ともおかしなものだ。



「私の命を刈り取りに来たんですか?」
「そないなことせえへんよ。初めに言うたやろ?キミはまだ死ねへんって」



なるほど、死神というのは誰がいつ死ぬかわかっているんだ。
頭の中で勝手に納得して、再び死神と名乗るその男を見た。



「それなら、私がいつ死ぬか教えてくれませんか?」
「それは教えられへん。そないにキミ死にたいん?」
「はい。もう退屈な毎日には飽きました」



死神はククッと笑うと私にすっと手を差し伸べた。
どういう意味かわからないでいると、死神は私の手を取りゆっくりと歩き出した。



「キミ、面白い子やね。ボクは市丸ギンいうんや。ボクがキミの退屈な毎日を面白いモンに変えたってもええよ」



ところでキミの名前は?と聞かれて、夜だと答えた。
それが私達の出会いで、別れまでのカウントダウンのスタートだった。

それからというもの、死神の市丸さんはなぜか私の部屋に住みついている。
普段は人間には見えないけれど、どこからか持ってきた“ギガイ”というものに入れば普通の人間に見えるようになるらしい。
彼が家に来て早一週間、私が仕事に行っている間に何をしているのか知らないが、私が帰れば彼は決まってソファに座ってお帰り、と出迎えてくれた。



「あのー市丸さん?」
「何?」



一緒に居て気づいたのだが、彼は死神らしいが普通の人間となんら変わりはない。
その証拠に、数日前に一緒に買い物に行った時には街ゆく人達からじろじろと見られた。
きっとそれは彼の人目を引く髪色を含めたその容姿に原因があるのだろうと思う。



「死神って仕事しなくていいんですか?」
「何言うてんの。ボクかて仕事しとるよ?これでも隊長やし」



それから、市丸さんに死神という組織について少し話してもらった。
どうやら彼はそこそこ偉い人らしい。
まだ若そうなのに凄いな、と思う。
でも、そんな人が何故ここにいるんだろう。



「市丸さんは何故私のところに?」
「それは難しい質問やねえ……しいて言うなら面白そうやったからやね」



いつものようににっこりと笑って市丸さんは言った。
面白そうって、私はそんなに面白い人間に見えるのだろうか。
あれやこれやと頭の中で考えていると、ぽんっと頭に手を置かれた。



「難しいこと考えんと、ご飯にしようや」



ソファから立ち上がると、市丸さんはキッチンに行って恐らく私のいない間に準備していたであろう夕食を持って戻って来た。



「ほら、ボクが来てから少しは退屈せえへんようになったやろ?」



確かにそうだとは思う。
何の変哲もないただ同じ毎日を繰り返すだけの日々は、彼が来てから少し楽しくなった。
何をするわけでもないのだけれど、ただ帰ってきておかえりと言ってくれる人がいる。
それだけで、ずいぶんと毎日というものは変わるらしい。



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