一体どうしてこんな状況になったのか。
今、私の目の前では自隊の副隊長がすやすやとそれはもう気持ちよさそうに寝ている。



「はあ……」



溜息を一つ吐いてはみるけど、この状況が変わるわけでもない。
今日は珍しく三番隊の仕事が定時に終わった。
あの、あの市丸隊長がきちんと仕事をしてくれたのだ。
あの市丸隊長が、だ。

定時に帰れるなんていつ以来だろうなんて悲しいことを考えながら帰り支度をしていると、吉良副隊長に声をかけられた。
せっかく早く仕事が終わったんだし、一緒に飲みに行かないか、と。

別段断る理由もなかったので、私はそれを了承した。
料亭に入って食事をしている最中といえば、副隊長は市丸隊長のことやら同期の阿散井副隊長や雛森副隊長のことやらをそれは楽しそうに話していた。
かくいう私も一応彼らと同期ではあるのだが、クラスが違ったためそこまで交流はない。
阿散井副隊長とはルキアを通じてそこそこ話はする仲ではあるが。

そんなこんなで料亭を出たのだが、なにぶん定時に仕事が終わったため、まだ時間は早い。
飲みなおそうということになって副隊長の部屋にお邪魔したまではいいが、案の定、副隊長は酔いつぶれて寝てしまったのだ。



「副隊長……?」



遠慮がちに声をかけてみるも、返事はない。
このまま帰ってしまおうかとも思ったが、なんだか失礼な気がして、再び副隊長を起こしてみようと試みる。



「副隊長、起きて下さい」
「夜…くん…」



突然名前を呼ばれてびくっとする。
いつもは月闇君、と苗字で呼ぶのに。



「副隊長ー」



漸く夢の世界から戻ってきたのか、金色の髪の隙間から薄らと開かれた眼が見えた。



「す、すまない!」
「構いませんよ。副隊長も残業続きでお疲れだったんでしょう?」



私の記憶している限りではここ一カ月、副隊長はまともに休みをとっていない。
幸い明日は非番だし、ゆっくりしてもらおうと思い、席を立った。



「月闇君、もうちょっといいかい?」



立ち去ろうとする私を、副隊長の手が引きとめた。
いつになく真剣な表情に、思わず息を飲む。



「その……前から思っていたんだけど、君は僕と同期だよね?」
「はい」
「それならその……仕事以外の時は敬語を使ってくれなくてもいいというか……」



正直、副隊長が何を言いたいのかわからなかった。
確かに私は副隊長と同期だ。
しかし、私は三席で副隊長の部下だ。
仕事であろうとそうでなかろうと、その事実は変わりない。



「しかし、副隊長は私の上司ですし……」
「副隊長、というのもできればやめてくれないかな?」



仕事が終わってまで仕事をしているみたいだ、と副隊長は言った。
その顔は、いつもと違って柔らかい笑みを浮かべていた。
副隊長がこんな風に笑う人だなんて、今まで知らなかった。



「それでは何とお呼びすればいいですか?」
「イヅルでいいよ」



敬語も無しだよ、と言われるとなんだか妙な気分だ。



「イヅル……今日はもう休んだほうが……」



ぎこちなく名前を呼ぶと、副隊長は嬉しそうな顔をした。
いつもと違う表情を次々と見せられて、目の前に居るのは本当に副隊長なのかという疑問さえ湧いてくる。



「もう少し、君と居たいんだ」



駄目かな?と問いかけられて、思わず首を横に振ってしまった。
なんだか調子が狂う。



「夜君、僕はずっと君のことが…」



好きだったんだ、と突然想いを告げられた。
徐々に近づいて来るその顔はお酒のせいかほんのりと桜色で、女かと見紛うほどの色気を含んでいた。
何故だかわからないけれど、それを拒む気にはならなかった。



「私も、ずっと貴方のことが好きだったのかもしれない」



横で気持ちよさそうに眠るその姿にそっと言葉を贈った。
明日は私も非番だ。
朝起きた時の慌てっぷりが目に浮かぶ。
きっと、いつものように自身なさ気な顔をして私に謝るのだろう。
そしたら今度は私が言ってやるんだ。



気づいた時には私も貴方に囚われていたんだ、と。



END



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