市丸さんが希望したのは、所謂王道のデートコースだった。
ショッピングをしてお茶をして。
そんな普通のことをしてみたかったと彼は言った。



「楽しいもんやね、現世も」
「そう思ってもらえて嬉しいです」



日も傾き始めた頃、私達は町を見下ろす高台の上にいた。
赤い夕焼けに照らされる市丸さんの横顔は、文句のつけようがないくらいに綺麗だった。
でも、それと同時に儚くも見えた。



「夜ちゃん、ボクな……」



市丸さんが何かを言いかけたその時だった。
聞き慣れない音ががして、私達の目の前に化け物が現れた。



「こないな時に……空気の読めへん虚やねえ……」



ぽつりと呟きながら腰を上げた市丸さんは、洋服から初めて会った時のような黒い着物に姿を変えた。
私の目の前に立つその後ろ姿に刻まれているのは三の文字。
隊服のようなものなのだろうか。



「一体だけやないみたいやね。夜ちゃん、しばらく待っとってくれる?」



こくりと頷くのを確認した市丸さんは地面を蹴って宙に舞った。
次々と現れる化け物を斬っていく市丸さんを見ながら、彼はやっぱり人間じゃないんだと思う。
それと同時に、この気持ちは決して伝えてはならない、悟られてはならないものなのだと痛感した。
それでも今はその姿を少しでも多く目に焼き付けておきたくて、私は必死に彼の姿を目で追った。
そして化け物が残り一体になった時、私の背中に鈍い衝撃が走った。



「きゃっ……」



声を上げると同時に市丸さんがこちらを振り向いた。



「夜ちゃん!」



一瞬で私のところに来て恐らく背後にいたであろう化け物を斬りつけると、市丸さんは私を抱きかかえた。
だんだんと視界が霞んできて、彼の顔が上手く認識できない。



「しっかりしてや!ボクの声聞こえとる?」
「大丈…夫……です……」



上手くできない呼吸の中で、途切れ途切れに言葉を発する。
終わりが近いのだと思った。
あんなに死にたいと終わりにしたいと思っていたのに、今はそれが怖い。
大好きな人の腕の中でその時を迎えられるというのがせめてもの救いなのだろうか。



「夜ちゃん!?」



市丸さんの私を呼ぶ声が聞こえる。
いつも笑顔でいる市丸さんが、今は切羽詰まったような顔をしている。
貴方にそんな顔は似合わない。



「市丸、さん……笑って……」



もう彼の声は聞こえない。
最後に見たのはいつもの彼の笑顔だった。



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