今日は食堂のおばちゃん達に料理を教えてもらう日。 今まで料理なんてしたことがなかったから、そろそろ少しくらいできるようにならないとと思って頼んでみれば、おばちゃん達ははりきってこうして毎週教えてくれるようになった。 「リカちゃんも大分上手くなったねえ。初めからは考えられないくらい」 「教え方が上手いからですよ。もっともっと頑張ります」 包丁の使い方から教わって、最近は自分でも上達したと思う。 いつかは大事な人に手料理を食べてもらいたいな、なんてそんな人いないんだけど。 「あれ、月城さん?」 放課後の人気のない食堂。 キッチンを覗いて来たのは東月くんだ。 月子ちゃんの幼馴染で、よく一緒に居るのを見かける。 「東月くん。どうしたの?」 「ちょっとお腹が空いてね。調理場を借りて何か作ろうと思ってたんだ」 「東月くんが?」 そういえば彼は料理が上手だって、月子ちゃんに聞いた気がする。 すると、おばちゃん達はニコニコしながらエプロンを外し始めた。 ちょっと待って、まだ途中なんですけど。 「後は錫也ちゃんに教えてもらいなさいな。この子とっても上手なんだよ」 「え?ちょっと……」 「俺で良かったら教えるよ?嫌ならいいんだけど……」 「そ、そんなことないよ!」 こうして何故か東月くんに料理を教わることになってしまった私。 ほとんど話したこともないのに、何だか変な気分だ。 噂に違わず彼の手つきは慣れたモノで、教え方も上手だった。 一時間も経つ頃にはテーブルの上にいくつかの料理が並んでいて、どれも美味しそうだ。 「ちょっと作り過ぎちゃったかな」 「大丈夫、哉太達も呼んであるからさ」 「七海くん達?」 「皆で食べたほうが美味しいからね」 にっこりと笑う東月くん。 いつだったか、月子ちゃんが彼はお母さんみたいだと言っていた。 確かに、何か安心するかも。 「どうした?」 「月子ちゃんがね、東月くんのことお母さんみたいって言ってたんだけど、なるほどなって思って」 「お母さん、ね……」 東月くんが苦笑いをしていると、月子ちゃんと七海くん、それにこの前転校してきた土萌くんもやってきた。 クラスが違うから月子ちゃん以外とはほとんど話したことがなかったけれど、皆自然に私を受け入れてくれた。 「これ美味しい!リカちゃん料理の腕上がったね!」 「たくさん練習したんだよー」 「もしよかったら、これからも俺が教えてあげるよ」 「いいの?」 「もちろん」 東月くんが料理を教えてくれると言った時、七海くんと土萌くんが顔を見合わせて驚いたような表情をしていた。 どうしたのかと聞けば、何でもないと苦笑いで返された。 一体何だったんだろう。 「二人のことは気にしないで、リカ」 「今、名前……」 「駄目かな?月子がそう呼んでたから……」 「ううん、ちょっとびっくりしただけ!」 慌てて返すと、東月くんはにっこり微笑んでご飯を口に運んだ。 びっくりしたって言うか、照れたって言うか。 きっと、今の顔は真っ赤だと思う。 「どうした、リカ顔が赤いぞ?」 「リカ林檎みたいになってる!」 「七海くんに土萌くんまで、からかわないでよ!」 終いには月子ちゃんまで笑いだして、私の顔の熱はしばらく治まりそうになかった。 食事が終わって、部屋に戻った三人。 私と東月くんは後片付けをしている。 「東月くん、今日はありがとう」 「東月くんじゃなくて、錫也」 「……錫也くん、ありがとう」 皆して私をからかうんだから。 俯きながらお皿を拭いていると、手が滑って床に落としてしまった。 パリンと音を立ててお皿が割れる。 慌てて拾おうとすると、破片が手に刺さる。 「痛っ……」 「大丈夫?手、貸して」 錫也くんが私の手を取って、急いで水で流す。 手から伝わる体温が気恥かしくて、無言になってしまう。 「痛い?」 「ううん、痛くはないんだけど……」 なら良かったと微笑む錫也くんと目が合って、思わず逸らしてしまう。 今日の私はおかしい。 錫也くんはただ私を心配してくれているだけで、こうして手に触れているのも他意はなくて。 「後で保健室に行って絆創膏もらわないとな」 「大丈夫だよ、これくらいならすぐに治るって」 「駄目。女の子なんだから、リカに傷が残ったら俺が困る」 女の子なんだから。 その台詞が頭の中をぐるぐると回っていた。 この学園に入学して早一年、周りが男の子ばかりだからといって自分が女であることをあまり意識していなかった。 それは廻りも同じで、クラスの皆は私が女だからといって特別扱いはしない。 それが心地よくもあったんだけど、錫也くんはちゃんと女の子扱いしてくれて。 嬉しいやら恥ずかしいやらで、ぎこちなく微笑んで見せれば彼もにっこりと微笑んでくれた。 END back |