矢印の先

「あかんわ……」



一人隊首室の中で頭を抱えているのは市丸ギン、三番隊隊長だ。
彼の目下の悩みはあの女。
自隊の六席で、かつての上司の友人だという彼女。
その上司と友人だということを知って以来、どうも自然と彼女に目がいってしまう。



「容姿はそこそこ、仕事もそつなくこなす、ほんでもって戦いの腕はそこらの席官より上。そんな奴がなして六席に居んのや……」



考えたところで答えなんて出てはこない。
それでも彼は自分なりの答えを見つけようともがいていた。
やがて気分転換にと外へ出る。
幸い今日は副官が休みで少しくらいサボったところで咎める者もいない。



「泉水ちゃん……」



隊の裏庭に回ってみれば、木の枝に懸命に腕を伸ばす彼女の姿。
その先に居るのは一匹の子猫。
上ったはいいが降りられなくなったというところだろうか。



「おいで、ほら大丈夫だから」



子猫に話しかける声が聞こえた。
幸いこちらには気づいていないらしい。
やがて子猫が恐る恐る彼女に近づき、その腕に飛び込んだ。
子猫をしっかりと抱きとめた彼女は頭を撫でる。



「怖かったね。もう勝手に登っちゃだめだよ」



普段の彼女からは想像もできないような表情。
優しくあやすように子猫に微笑みかけているその姿は、市丸の目にしっかりと焼き付けられた。



「なんや、あないな顔もできるんやないの」



くすりとこれまた彼に似合わない笑みを漏らすと、市丸はそっとその場を去った。
そして後日。
再び隊首室にて頭を抱える市丸の姿があった。



「なんやの、全然仕事に集中できへんやないの……」



彼の頭を占めているのは、あの日の彼女の笑顔。
あれから数回彼女と会話をしたが、いつもと変わらぬ無表情で。
もう一度あの笑顔を見たいと思ってしまっているその感情が何なのか、まだ彼にはわからなかった。



「市丸隊長、五番隊から書類が来ていますが……」
「五番隊?ああ、後で見るさかいその辺に置いとってや」



普段以上にやる気のない上司にかける言葉も見つからず、書類を持ってきた三番隊隊士はそっと隊首室を後にした。
それからも市丸はぼんやりと窓の外を眺めている。
先ほど部下が持ってきたのは五番隊の書類。
五番隊といえば隊長の藍染。
そして、藍染の友人であるという彼女。



「まさか、なあ……」



先日自分が目にした彼女の笑顔を藍染も見たことがあるのだとしたら。
もし、あの笑顔が彼に向けられることがあるのだとしたら。



「ほんまにあかんわあ……」



止まらない溜息の原因に気づきつつある市丸は、邪念を振り払うかのように隊首室を飛び出した。


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