片鱗

三番隊隊首室。
この部屋の主である市丸は頭を抱えていた。
というのも、今日の午後に執り行われる演習に連れて行く隊士が決まらないのだ。
彼の机上には山のような希望書。
一週間ほど前に演習に参加したい者は提出しろと言ったらこの有様だ。



「これは……隊士のほとんどじゃありませんか」
「せやな、全くええかげんにしてほしいわ」



市丸が隊長になって初めての演習。
隊長の実力が見れるとあって参加を希望する隊士は多かった。
そのほとんどは邪な思いからではあるが。



「平連れて行ってもしゃあないしなあ……席官から適当に選ぶわ」



自隊の席官の名簿を取り出し、その中から演習参加者を選び出す。
なるべく今まで自分が実力を見たことがない者を、と名簿を眺めていると、ある一人の人物に目が留った。



「この子にしよか」
「東月ですか?」
「せや。ボク泉水ちゃんの実力知らんし、ちょうどええやろ」



残り数名も選び出すと、当該隊士に向けて地獄蝶を飛ばした。
午後、演習に参加することになった隊士が隊舎前に集まる。
人数は十人にも満たないが、皆各々の斬魄刀を持った死神である。
そして、誰もが新しい隊長の戦いを見れることに浮足立っていた。
たった一人を除いては。



「隊長、私は参加願を出した覚えはありませんが」
「ええやないの。あまりにも希望者が多かって、適当に選んだんよ」



それでなんで自分が、と眉をひそめる彼女だったが、自分より席次が上の者もいるため自分の出番はないだろうと高をくくっていた。
目的地は流魂街の外れ。
住人に迷惑をかけないこの場所で人工的な虚を出現させて参加者の実力を計るのがこの演習の目的だ。
初めは隊長の市丸がその手本を見せる。



「射殺せ、神槍」



脇差かと思うような短い刀が真っ直ぐに虚に向かって伸びて行く。
一瞬で消えた虚に周囲からは感嘆の声が上がる。
ただ一人、腕を組んだままじっとその様子を眺めている女が居た。



「ほんなら次は何体か虚出すさかい、皆でやってな」



市丸の一言で技術開発局の局員が虚を出現させると、その場の隊士が一斉に刀を構えた。
演習とはいえ、油断すれば怪我をする可能性だってある。
何より隊長が見ているのだ。
ここで力を発揮すればもしかしたら。
昇進の二文字をちらつかせながら隊士達が一斉に虚に向かっていった。



「泉水ちゃんは行かへんの?」



一人動き出す素振りさえみせない泉水に市丸が尋ねた。
彼女は必死に虚に向かっていく隊士達を見ながら斬魄刀をもてあそんでいた。



「皆の昇格のチャンスを奪うわけにはいきませんから」
「何や、泉水ちゃんは上に行きたないの?」
「出世に興味はありません」
「ふうん」



隊長、副隊長に自分の実力をアピールするいい機会だというのに、不思議な女だ。
それでも市丸は彼女ならそうかもしれないと妙に納得して、虚に向かう隊士の様子を見ていた。
連れてきたのが上位の席官ばかりだったせいか、何体か居た虚はすぐに消えた。
市丸が技局の者に視線を送ると、それまでの倍の数の虚が出現した。



「ほら、皆苦戦してるみたいやし、泉水ちゃんも行ったほうがええんと違う?」



面白そうに泉水に視線を送ると、彼女は一つ溜息を吐いて既に息が上がりつつある隊士の中に紛れ込んだ。
周囲を見渡せばどうやら彼が出現させたのは並の虚ではないらしく、これでは上位とはいえただの席官が集まったところで勝ち目はない。



「皆さん、すみませんが少し下がっていて下さい」
「東月、何言ってるんだ!お前一人じゃ……」
「巻き込まれて死にたいなら止めませんけど。まあ、このまま私が手出ししなければ間違いなく怪我くらいはするでしょうけどね」



影響を及ぼす範囲に死神が居ないことを確認すると、彼女は小さく何かを呟いて刀で円を描いた。
それと同時に辺りを強風が襲う。
砂埃が晴れた頃に隊士達が見たのは、刀を鞘に納める一人の女の姿だけだった。



「泉水ちゃん、凄いやないの」
「何言ってるんですか。あんな虚を焚きつけたら隊士達が怪我するってわかってやったんですよね」
「危なくなったらボクが出ればええ話やし」



全く悪びれる様子もない市丸に彼女は再び刀を抜いて、その切っ先を彼の喉に突きつけた。
その様子を見た隊士達は慌てて彼女に駆け寄ろうとする。
当の市丸は笑顔を携えたまま。



「おお怖」
「貴方のお遊びに付き合う気はありませんから」



刀を引いて納めると、彼女は一人でその場を去った。
副隊長が市丸に駆け寄ると、彼はククッと笑った。



「隊長、ご無事ですか!?」
「当たり前やないの。さ、ボク等も戻ろうか。泉水ちゃん……面白い子やなあ」



楽しそうに呟いた市丸の声を聞いていたのは、副隊長だけだった。


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