懐古

これは遠い遠い昔の話。
護廷に入隊した私が配属されたのは、希望していた二番隊ではなく五番隊だった。



「俺が隊長の平子真子や」



そう言い放ったその人は、およそ隊長だとは思えないような空気を纏っていた。
入隊してすぐの任務で隊長の目に止まり、私は時々彼の教えを請うようになっていた。
基本的な戦闘はもちろん、上に立つ者としての心構えなども教えてもらって、行く行くは私を隊長格に入れたいのだと彼は言っていた。
初めこそ彼との間に壁を感じていたものの、それは時が経つにつれて薄れていき、仕事以外の私的な話までもするような仲になっていった。



「なあ泉水、お前惣右介のことどう思う?」
「藍染副隊長ですか?とても良い方だと思いますよ」



私の返答に満足しなかったのか、彼は顔を顰めた。
続いて彼の口から出た言葉は、私には信じられないものだった。



「泉水に一つ頼みがあるんや」



彼の頼み、それは副隊長である藍染惣右介を見張れというものだった。
私にはどうしても理解ができなかったが、当時の私にとって平子隊長は誰よりも尊敬すべき対象で、その彼の言うことならば信じてみようという気になったというのもまた事実だった。



「これは隠密に入れる力量を持つお前にしかできへんことや。しっかり頼むで」
「はい、任せて下さい」



綿密に計画を練り、いよいよその実行の日が訪れた。
護廷を脱走しようとしている死神がいることは、二番隊隊長である夜一から情報を得ていた。
私の仕事はその者達をこの手で捕えること。
彼の目の前で。

死霸装を着崩して、暗闇の中を一人で歩く。
その先には今回の目的である脱走者達の姿。
私の極限にまで抑えられた霊圧は、とてもじゃないが席官のものとは思えなかった。
彼等は私を見ながらひそひそと話をしている。
そして次の瞬間、その中の一人が私に向かった剣を向けて来た。
斬魄刀を手に取り応戦すれば、他の者達も次々に私に向かってきた。
数人の死神を相手にしながら、私の視界の端にはもう一人の目的の人物の姿。
全てが終わった時には、斬魄刀は血に濡れていた。



「どうだい?私の仲間にならないか」



予想通りの言葉をかけてきた彼に、私は首を縦に振った。
そしてこの日、私は藍染惣右介の仲間という地位を手に入れた。

しかしこの藍染という男は思っていた以上にしたたかで鋭く、私は平子隊長と満足に話をすることすらできなかった。
いつもどこかで彼に見られているような気がしてならなかったのだ。
加えて彼の同胞である市丸や東仙には私のことは知らされず、私は表面上はこれまで通りの生活を送っていた。



「惣右介、どういうこと?」



そして、その日は訪れた。
以前より流魂街の住人を使って実験をしていることは聞いていた。
しかし、その日知らされたのは数名の隊長格の虚化。
その中には平子隊長も含まれていた。



「心配しなくてもいいんだよ。平子真子は恐らくもう尸魂界には来れないだろう。生きている可能性も低い」



目の前が真っ暗になった気がした。
平子隊長の指示で私は藍染の仲間になったというのに、その彼が居なくなってしまったらこれからどうすればいいのだ。
古くからの友人であった喜助も夜一も、もう尸魂界には居なかった。



「大丈夫、泉水は私の傍に居ればいいんだ」



耳元で囁かれたはずの言葉は、遠くで聞こえたような気がした。
それから百年余り、私は藍染の指示に従い東仙を、そして市丸の監視を続けてきた。
そして、私は抱いてはいけない感情を抱いてしまっていた。



「泉水サン?」



喜助の言葉に我に帰ると、彼は私の目の前で昔のように微笑んでいた。
彼は知らない、私のこの想いを。
そして平子隊長もまた、知らないのだ。



「そう……また来るわ」



おぼつかない足取りで浦原商店を後にして、私はすぐに任務に取りかかった。
しばらくはこの町にも尸魂界にも近寄らないでおこう。
今の私には時間が必要なのだ。
彼を忘れる時間が。


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