要らない感情

三番隊三席に彼女が就いてもう随分と時が経った。
市丸の見込んだ通り、彼女は十二分にその力を発揮し、次は副隊長だと護廷内で噂されるまでになった。
そして三番隊隊首室、此処にいるのは隊長の市丸と三席の彼女のみ。
漂うのは重苦しい雰囲気。



「泉水ちゃん、この任務どないするん?」
「隊長がお決めになって下さい」
「そないなこと言うたかて、今まで隊の編成は全部イヅルに任しとったんやもん」



そう、副隊長である吉良は今此処にいない。
というのも、遡ること一週間前、彼は今までの蓄積された疲労によって倒れたのだ。
四番隊副隊長である卯ノ花によると、最低一週間は安静にしろとのこと。
そのおかげで、今まさに市丸は頭を抱えているのだ。



「はよイヅル戻って来んかいな……」
「そう思うのでしたら、少しでも副隊長の負担を減らしてあげて下さい」



彼女を三席に就かせてからというもの、以前に比べれば幾分か隊舎に居ることの多くなった市丸。
それでも隊舎に居るからといってそれが仕事をすることに繋がるかといえばそうでもなく、吉良のひいては彼女の仕事量も一向に減りはしなかった。



「ボクはちゃあんと仕事しよるよ。今もこうして机に向かっとるやないの」
「先ほどまでそこで寝転がりながら干し柿を召し上がっていたのは何方ですか?その演習も、明日に迫っているんですよ」



初めこそ市丸とほとんど会話をしなかった彼女だったが、最近は市丸と二人で居ることが多く、その表情も幾分か和らいだというのが三番隊隊士から見た彼女の印象。
それはただの印象に留まらず、現にこうして市丸を諭している最中でも彼女の声に以前のような棘はない。
そのことに気づいているであろう市丸は、またも彼女をからかうように困らせる。
それが今の三番隊の日常なのだ。



「あ、でもイヅル戻って来おへんでもええな」
「何を仰っているんですか、隊長」
「だって、そしてら泉水ちゃんと二人で仕事することも少なくなるやろうし」



あ、それから隊長やなくてギンな。
ニッと笑って市丸は彼女の頬に手を添えた。
押し黙った彼女の表情は明らかに動揺していて、それを見た市丸は小さく笑う。
そのことに腹を立てて仕事をしろという彼女もまた楽しそうで、その光景は微笑ましい以外の何物でもなかった。
そして場所は変わって彼女の自室。
珍しい来客に驚いたのも束の間、彼女は壁に押し付けられた。



「どうだい、三席にももう慣れたのかな?」
「ええ。あんなに仕事があれば、嫌でも慣れる」



それでも彼女の表情は相変わらずの無。
苛立ちを覚えたのか、訪問者である藍染は小さく溜息を吐いた。
解放された彼女は死霸装を整えて藍染にお茶を出す。



「どうしたの?今日の惣右介、何だか変」
「そう見えているのなら、そうなんじゃないかな」



藍染の苛立ちの理由がわからないような彼女ではない。
事実、彼女もそのことで自分自身に苛立ちを覚えているのだから。
向かい合って座る二人の間に流れるのは沈黙。
口を開いたのは藍染だった。



「ギンが泉水を気に入っていることは知っているよ。護廷内で有名な話だからね」



護廷内で実しやかに囁かれているその噂。
三番隊隊長とその三席は恋仲にあるのではないか、その噂を彼女も耳にはしていた。
かと言って本人達のその真偽を聞けるような度胸を持ち合わせた者はおらず、噂だけが広まり続けていた。



「何、妬いてるの?」
「まさか。噂が真実だったら大変だと思ってね」



計画が狂ってしまうから。
藍染の言葉はどこまでも淡々としていて、それは常のことなので彼女もさほど気にはしていなかった。
ただ本人だけがその心の内を悟られぬようにと平静を装っていた。



「泉水がギンに惹かれるとは思わないけれどね」



最後に一言残し、藍染は彼女の部屋から消えた。
手の付けられていない湯呑を眺めながら、彼女は考えていた。
市丸ギンという人物のこと。
彼が彼女に対して特別な思いを抱いていることには当の昔に気付いていた。
初めはそのほうが彼の真意を探り易いと考えて近づいたが、どうやら少し近づきすぎたらしい。



「市丸ギン、監視すべき対象。そして、憎むべき対象……」



ギン。
その名前をもう一度口にしたあと、彼女は小さく溜息を吐いた。


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