二人の共通点 今日も今日とて市丸は隊首室に居ない……はずなのだが、今日は少し様子が異なっていた。 隊首室の自らの机の上で頭を抱えている上司。 仕事上のことで悩んでいるのかと思いきや、その机上には紙一枚さえも置かれてはおらず、加えて何を話しかけようとも全くもって気付いてもらえない。 今日もまた溜息を一つ、三番隊副隊長の幸せは順調に逃げていっている。 「なあイヅル、やっぱり三席居らんのは不便よなあ」 不意に呼ばれた自らの名。 確かに今三番隊には三席が居ない。 先日任務において傷を負い、やむなく死神を辞めたのだ。 もしかすると上司はそのことで悩んでいたのか、吉良の顔が少しだけ明るくなった。 「何方かいらっしゃるのですか?」 「うーん、居るには居るけどまた断られそうや……」 “また”断られる。 その言葉で吉良の脳裏を過ったのは自隊の六席の女。 自分が副官になる前にその打診を受けていたのは彼女であったと聞く。 任務においてその実力を見るに、三席はもちろんのこと、副隊長でも申し分のない腕の持ち主であることは吉良も承知していた。 「東月さんですか?」 せや。 小さく呟いた隊長は彼女のことを気に入っていると、三番隊に入った当初から聞き飽きるほどに耳にしていた。 何故それほどまでに昇進を拒むのか。 吉良は一度彼女に尋ねたことがあった。 けれども彼女は私にはそんな資格がないの一点張りで、吉良も気にするところではあった。 「イヅルからも言うてくれへん?ボクが言うてもまた断られそうや」 「僕ですか?隊長がおっしゃっても駄目なのに、僕が言っても……」 結局市丸に押し切られるような形で吉良が向かったのは執務室。 いつものように机に向かう彼女はどこか面倒そうで、かといって手を抜いている風でもなく。 それが彼女だと気付いたのはつい最近のこと。 「東月さん、ちょっといいですか」 「何ですか、副隊長」 さも仕事の邪魔をするなという視線を送られ一瞬たじろぐ。 けれども此処で引き下がってしまえば市丸に文句を言われることは目に見えていて。 上司と部下の板挟みとはまさにこのことか、と中間管理職の性を悲しんでいる暇もなく、吉良は用件を切り出した。 「東月さんに三席になってほしいんです」 「以前にも申し上げたはずですが、私は今より上の席次に行きたいとは思っていません。今のままで十分です」 「でも、貴女以外に適任者がいないんです。三席といっても僕の補佐が主な仕事になるでしょうし、そこまで負担にはならないと思うんですが……」 消え入りそうな声で必死に食らいつく吉良。 傍目から見ても力の差は歴然で、誰が見ても吉良が上司だとは思わないであろう光景。 その場に居た他の隊員は、静かに事の成り行きを見守っていた。 「お願いします!このままだと僕が倒れてしまうんです!」 最後の手段だと言わんばかりに吉良は心持大きな声を出して、頭を下げた。 事実、普段ほとんど隊舎に居ない市丸の代わりに業務をこなしているのは吉良で、その補佐となる三席が居ないとなれば、その仕事量は少なく見積もっても三倍となる。 かと言って隊長である市丸は彼女以外を三席に置く気はないらしく、まさに彼の命運がかかっているのだ。 「……わかりました」 大きな溜息を吐いて、彼女は了承した。 そうでもしないと本当にこの副隊長は倒れてしまいそうで、加えて周りの視線が痛い。 人目を気にするような性格ではないが、さすがに副隊長に頭を下げられては断るに断れなかった。 「本当ですか!」 嬉々とした表情の吉良は急いで彼女を隊首室へと連れて行く。 中では市丸がぼんやりと窓の外を見ながら考え事をしているようで、彼女の姿を見るなり普段は開いているのか定かではない瞳が大きく開かれた。 「隊長!東月さんが三席引き受けてくれるそうですよ!」 「ほんまに!?ありがとう、泉水ちゃん!」 まるで欲しがっていた玩具を手に入れた子供のように市丸は目を輝かせた。 彼女はそんな彼の様子を見ながらまた一つ、溜息を吐いた。 恐らく彼女の幸せももうほとんど残ってはいないだろう。 「市丸隊長、何故私に固執するのですか?」 吉良が手続きに行った後、隊首室に残された二人。 彼女は市丸に冷たい視線を向けながら問うた。 市丸はいつもの食えない笑みで彼女を見る。 「前な、藍染隊長に聞いてん。泉水ちゃんってどないな子かって。そしたらな、ボクと似てる言うんよ。せやから、泉水ちゃん近くに置いとったらボクと泉水ちゃんの何が同じなのかわかる気がしてん」 「藍染隊長の言葉を真に受けない方が賢明だと思いますよ」 「何や、泉水ちゃん藍染隊長のこと何でも知っとるみたいな口ぶりやね」 そうでもありません。 珍しく動揺する彼女を前に、市丸の口は小さく弧を描いた、 back |