彼女という人

此処は九番隊隊首室。
目付きの悪い副官は今仕事に出ていて、この部屋に居るのは隊長である東仙要、その人だけだった。



「東仙さん、聞きたいことあるんですけど」
「市丸か。珍しいな」



珍しく自分を訪ねてきた同胞を、東仙はその見えない目で見つめた。
彼から感じる霊圧は酷く揺らいでいて、彼らしくない。



「泉水ちゃんのことなんですけどね」



泉水という名を聞いてすぐには誰か思い浮かばなかった。
けれども市丸の口からその名が出たということを考えれば、恐らく少し前まで九番隊に居た彼女のことなのだろう。



「東月のことか」
「はい、あの子何かおかしいんとちゃいますか?」



彼女におかしな点などあっただろうか。
記憶の糸を辿れども、東仙には市丸の言わんとしていることがわからなかった。
彼女は机上の仕事も、もちろん戦いにおいても優秀な死神だった。



「私は特にそうは感じなかったが」
「おかしい言うんは語弊があるかもしれませんなあ。ボク、あの子の考えとることがさっぱりわからんのですわ」



そういうことか、と東仙は納得した。
恐らく、市丸も彼女に昇進を持ちかけたのだろう。
斬拳走鬼全てにおいて平均以上の実力を備えている彼女。
けれども決して昇進の話には首を縦に振らなかった。



「確かに、彼女は仕事はできるし腕も確かだ。君の言葉を借りるなら、少しおかしなところはあったけれどね」
「やっぱりそう思います?」
「そうだね、彼女は何を考えているのかわからなかった」



目の見える者であれば、その表情から相手の感情を読みとる。
けれどもそれが叶わない東仙は、雰囲気や発している霊圧から相手の感情を読みとる。
目というものは実にやっかいで、例えば作り笑いをしていてもそれを見抜ける者と見抜けない者とが居る。
東仙は目が見えぬからこそ、大抵は相手の考えていること、その感情を読むことに人一倍長けているのだ。



「東仙さんがそないなこと言うやなんて、よっぽどですよね」



此処では自分の求める答えに辿り着けないと悟ったのか、市丸はすごすごと九番隊を去った。
続いて向かったのは五番隊。
彼女の古巣であり、友人である彼の居る隊だ。
上手くはぐらかされてしまうだろうとは思っているが、どうも一度気になってしまえば答えを追い求めたくなる性格のようで、市丸は今その彼女の友人である藍染の前に居る。



「泉水のことかい?」
「相変わらず恐ろしい人ですなあ。そうですよ、泉水ちゃんのこと聞きに来ました」



クスリと笑みを漏らすと、藍染は手元の書類から市丸に視線をずらした。
目の前の部下に何を言ってあげようか。
恐らく彼が知らないであろう彼女の姿を事細かに説明しようか。
邪な考えを頭の隅に追いやって、藍染は口を開いた。



「そうだね、泉水はギンと似ているよ」
「ボクと?」
「ああ。僕の見ている限りでは、君たちはよく似ている」



どういうことですの?と聞き返す市丸に答えを与えることはせずに、藍染は戻って来た副官に一人分のお茶を頼んだ。
納得のいかない表情の市丸を見送ると、一人込み上げてくる笑いを堪えた。



「本当によく似ているよ。そうやって何でも知りたがる性格も、本心を見せないところも」



お茶を運んできた副官にいつもの笑みを向けて、彼は再び手元の書類に視線を向けた。


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