その時は彼女が予想していたよりもずっと早くに訪れた。
隊首室へと呼ばれた彼女は思い足取りでその場所へと向かう。
中に入れば笑顔の市丸が彼女を迎えた。



「隊長、私に用事というのは……」
「泉水ちゃんにな、次の副隊長になってほしいと思うとるんよ」



にっこりと笑う上司に彼女は気付かれないように舌打ちをした。
こうも予測通りに事が運ぶのも考えものだ。
彼女はあらかじめ用意していたであろう台詞をゆっくりと口にする。



「申し訳ありませんが、私は副隊長という地位に就けるほどの力量を持ち合わせておりません」
「そんなの決めるんは上司であるボクや。ボクは泉水ちゃんには副隊長に見合うだけの実力があると思うてる」



あっさりと引き下がってくれるとは彼女も思ってはいなかったが、予想以上に真面目な返答をされて思わず言葉に詰まる。
それをみた彼は笑顔で言葉を続けた。



「ボクな、正直言うと副官なんか誰でもええんよ。でも、せっかくボクが選べる立場に居るんやから泉水ちゃんになってほしい」
「お言葉ですが隊長、貴方は少し私を買被り過ぎているかと思います。私は人を率いる立場に居ていい者ではありません」
「どういう意味?」



真っ直ぐに彼女に向けられる視線に少しだけ居心地の悪さを感じた。
それでも彼女は淡々と彼の誘いを断り続けた。
彼女の主張は詰まる所自分は副隊長の器ではないというもので、市丸はどうしてもそれに納得がいかなかった。



「何度言われても答えは同じです。失礼します」



話を遮るように隊首室を後にした彼女。
残された市丸は小さく溜息を吐いた。
それから数日後、空席となった三番隊副隊長の椅子に座ったのは元四番隊で以前は市丸の部下でもあった吉良イヅルという死神だった。



「全く、市丸隊長のしつこさには呆れた」
「予想以上だったみたいだね。私のところにも来たよ、泉水に副官になるように説得してくれないかって」
「本当に……」



やはり、あの時市丸の前で斬魄刀を解放したのは間違いであったのか。
藍染の呆れた表情の前で、彼女もまた溜息を吐いた。



「私なんかが副隊長になれるわけないのに」
「技量という点では私の目から見ても十分に副隊長の器だと思うけれどね」
「わかってるんでしょ、そういう意味じゃないって」



曖昧に笑う藍染。
自分は副隊長にはならない、いや、なれない。
今の地位でも十分すぎるくらいに縛り付けられているのに。
彼女の真意を知る者はいない。



「さすがに副隊長になると、ね」
「そうよ。今以上に動きにくくなる」



準備はすでに整いつつある。
後は時を待つだけ。
彼女は彼に唇を寄せると、自隊へと戻って行った。
そこで待っていたのは困り顔の吉良。
市丸は何処かへ出掛けてしまったらしい。



「東月さん、市丸隊長が見当たらないのですが……」
「放っておけばいいですよ。急ぎの用事でしたら三席にでもお聞きください。彼ならある程度のことはわかるはずですから」



では、と自らの席がある執務室へと戻る。
吉良が彼女に市丸の居場所を聞いたのには理由がある。
つい先日、同じように市丸が忽然と姿を消した時、彼女がその居場所を知っていたからだ。
市丸に聞けば、彼女は自分のお気に入りだからと言われた。



「市丸隊長と東月さんってどんな関係なんだろう……」



新任の副隊長は、まだ慣れない隊で抱いた疑問の答えを知る術を持たなかった。


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