消失

平子真子をはじめ、何人かの隊長格が護廷から居なくなった。
その知らせを聞いた時、彼女は少なからず驚いていた。
彼女はそれを“知らなかった”から。



「惣右介、どういうこと?」
「泉水は現世に行っていたからね。わざわざ知らせる必要もないかと思ったんだ」



彼女は長期の現世任務に就いていた。
突然の帰還命令に瀞霊廷に戻ると、隊長の椅子に座っていたのは平子真子ではなく藍染惣右介だった。
彼を問い詰めれば、平子真子以下は虚になったと。
そして、同時に彼女には九番隊への異動が言い渡された。



「私は用済みってことね」
「まさか。君には監視をしてほしいんだ、東仙要のね」



今回の事件の首謀者の一人、東仙要は直に九番隊隊長となる。
その彼の監視役として、彼女を九番隊に送り込むというのがこの藍染の考えらしい。
それほど彼女が信頼されているということなのか、あるいは。



「いいわ、行ってあげる」
「泉水は私の最も信頼している部下だよ」
「そんなこと思ってもない癖に」



感情の読めない微笑みを返す彼を睨みつけた彼女は、隊首室を出ようと戸に手を掛けた。
しかし、彼はその手をそっと取って自らの両手で包みこんだ。
彼女が彼を見上げると、いつも着けている眼鏡を外した彼の瞳の中に自らが映り込んでいるのを目にした。



「何のつもり?」
「部下だと言ったのは訂正しよう。君は僕の最も信頼している女性だ」



言うや否や、彼の顔は彼女に近づいてそのまま唇に触れた。
これもまた、一つの始まりだった。
それから時は経ち、もう一人の彼の部下であった市丸ギンが三番隊隊長に就任することとなった。
そして、彼女は九番隊から三番隊へと異動することになったのだ。
目的はもちろん、市丸の監視。



「全く、惣右介も人遣いが荒いんだから」
「仕方ないじゃないか、他に信頼できる者がいないんだから」
「またそうやって……」



彼女が彼の事をどう思っているのか、そして彼が彼女のことをどう思っているのか。
お互いに言葉にして表したことは一度もない。
二人の間ではそれが極々普通の事で、言葉にすればそこで終わってしまうということも双方が承知していることだった。
それであるが故に、曖昧な脆い関係は途切れることなく続いていた。



「でもね、私は少し心配なんだよ」
「何が?」
「ギンは要と違って詮索好きだからね。君に興味を持ってしまわないかどうか気が気じゃない」
「そんなこと、爪の先ほどだって心配してない癖に」



曖昧に笑った彼の真意は彼女にはわからない。
彼女にわかるのはわずかなものだけ。
確かに彼は彼女のことを信頼しているということ。
彼の二人の部下が知らないことを彼女だけが知っているということ。
そして、彼女だけが唯一彼の真実の顔を知っている女だということ、ただそれだけだった。



「そろそろ行かなきゃ。明日も仕事だし」
「そうだ、三番隊の副官が直に辞めるよ。恐らくギンは君を後釜にと言うだろう」



彼の言いたいことは手に取るようにわかった。
彼女は未だ重ねたままだった手を彼の手から離すと、立ち上がって彼を見下ろした。



「わかってる、引き受けるつもりなんかない」



それだけ言い残すと、彼女は月明かりだけを頼りに自室へと戻って行った。
残された彼がぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも届かなかった。


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