始まりの始まり

時を遡ること約百年。
五番隊の平凡な席官であった一人の女性死神は、暗闇の中を一人で歩いていた。
その手には斬魄刀。
滴る血を払うこともなく、ただ真っ直ぐに歩いていた。



「東月君じゃないか。こんな遅くにどうしたんだい?」
「藍染副隊長、少し散歩をしていただけですよ」



彼女に声をかけた男は先日五番隊副隊長に就任した藍染惣右介。
誰もが彼の副隊長就任を祝っていた。
それほどまでに人望のある死神だったのだ。



「刀に付いた血を拭うこともせずに?」



はっとした表情の彼女は、刀に付いた血を振り払い鞘に納めた。
ゆっくりと近づいて来る自隊の副隊長。
彼女がぎゅっと目を閉じると、頬に温かな感触を覚えた。
恐る恐る目を開けると、頬に添えられていたのは彼の手で、目の前にあるのは彼の顔だった。



「どうだい?私の仲間にならないか」



意味がわからずに彼をじっと見つめる彼女に、彼は優しくけれど冷たく微笑みかけた。
そこに、五番隊副隊長藍染惣右介の面影は微塵もなかった。



「私と一緒に世界を変えてみたくはないかい?」



彼女はゆっくりと首を縦に振った。
それが彼と彼女の始まり。
そして、今に続く長い物語の始まりでもあったのだ。
それはもうじき、この瀞霊廷を脅かそうとしていた。



「もう何年になるのかな」
「何が?」
「あの日、君に会ってからだよ」



知らない。
一言言い放つと、彼女は縁側に座って夜空を見上げた。
あの日彼の手を取ったこと。
それは後悔すべきことなのだろうか。
彼女は未だその答えを見つけられてはいなかった。



「何年でも何十年でも何百年でも、関係ないじゃない」
「そうだね、泉水が今此処に居ることには変わりないからね」



彼女の隣に座った彼――藍染惣右介の横顔はどこか遠くを見ていた。
此処ではないどこか、彼の追い求めるものは何なのか、その先には一体何があるのか。きっと彼自身にもわかってはいないのだろう。
ただひたすらに追い求めている何か。
その答えはもうじき手に入るのだから。



「私は今君が此処に居ることを幸せに思うよ」
「何言ってるんだか」
「嘘じゃないよ。これは紛れもない私の本心だ」
「ありがと」



こんな言葉をこの男に吐かれようものなら、瀞霊廷の死神は顔を赤らめながらそれを幸福に感じるのだろうか。
自分にはわからない感情を知る術もなく、彼女はただ隣に座る彼の手に自らの手を重ねた。



「平子隊長が生きてたらどうするの?」
「関係ないさ。私達の計画に支障はないよ」



かつての上司の姿を思い起こしながら、彼女はぼんやりと空に浮かぶ月を眺めた。


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