幸せな日々というのはいつだってすぐに過ぎ去ってしまう。
書類を抱えて三番隊の隊首室をノックすれば、間延びした返事が返って来た。



「市丸君、今日はちゃんと仕事してるんだね」
「酷いわあ、ボクはいつもちゃあんと仕事しよるよ。なあイヅル?」
「僕の口からは何とも……」
「ほら、イヅル君が困ってるじゃない」



イヅル君が三番隊の副隊長になったのは何年か前の話。
あの市丸君の副隊長だから少し心配だったけれど、今ではすっかり彼を手なずける方法を見つけたようだ。
それでも市丸君が時々仕事を抜け出しているのは、まあ彼の所為ではないと思う。



「はい、書類」
「おおきに」
「ちゃんと期限通りに提出してね」



はいはいと頼りない返事をしながら、市丸君は笑った。
彼は隊長になった今でも私に変わらずに接してくれている。
彼だけじゃない。
かつての部下だった人達皆が昔と変わらずに私を見てくれている。



「せや、今日の夜空いとる?」
「うん」
「仕事終わったら五番隊に迎えに行くわ。待っとってな」
「惣右介さんは?」
「たまには藍染隊長抜きいうのもええやろ」



悪戯っぽく笑った市丸君を見て、思わず私も笑みを零す。
惣右介さんはいつだって私を自由にしてくれる。
今日みたいに市丸君と二人で食事に行く時も快く送り出してくれる。
それだけ彼が私のことを信用してくれているのだと思うと、自然と心が温かくなった。



「惣右介さん、今日の夜は市丸君と食事に行ってきますね」
「ああ、あまり遅くならないようにね」
「はい」



五番隊に戻ると早速惣右介さんに了解をとった。
思った通り、彼は顔色一つ変えることなく了承してくれた。
市丸君は彼のかつての部下でもある。
それに、私が辛かった時に一緒に居てくれた人の一人。
もちろん、一番支えになったのは惣右介さんなのだけれど。



「藍染隊長、リナちゃん借りて行きますね」
「全く、物じゃないんだから」
「あ、やきもち妬いてはりますの?」
「市丸君、行くよ」



惣右介さんをからかう市丸君を連れ出すと、外はもう日が沈みかけていた。
夜は嫌いだ。
暗闇はあの日のことを思い出させるから。
そのことを知ってか知らずか、市丸君の大きな手はいつの間にか私の手を包んでいた。



「はよ行こか」
「うん、ありがと」



流石、市丸君は隊長だけあって店に着くと奥の個室に通された。
惣右介さんと食事に行く時もそうだけど、こんな時には少しだけ彼等を遠く感じる。
こんなにも近くに居るのに。



「リナちゃん何がええ?」
「市丸君の好きなものでいいよ。嫌いなものはないから」
「ほんなら適当に頼むな」



出された料理に手を付けながら、他愛もない話をした。
市丸君の話の大半は副官であるイヅル君のことで、それだけ彼のことを信頼しているんだと思うと嬉しくなった。



「イヅルはほんまにええ子なんよ」
「知ってるよ。私も一応彼の上司だったんだから」
「せや、リナちゃんとこの雛森ちゃんはどうなん?」



桃ちゃんも最近は副隊長が板についてきたと思う。
入隊当初から惣右介さんのことを尊敬しているとは聞いていたけれど、彼の副官になるという目標を達成したからか今の彼女は以前にも増して輝いて見えた。
そんな彼女を少しだけ羨ましく思っているのも事実。



「雛森ちゃん、藍染隊長のこと大好きやからなあ。昔のリナちゃんみたいや」
「え?」



一瞬、ほんの一瞬だけど目の前が真っ白になった気がした。
死神になった時の自分を思い出したから。


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