上司に渡された書類を手に、立ちすくんでいるのは十ニ番隊の隊首室の前。
どうにも入りづらい空気が外まで漏れている。



「五番隊の秋野です、失礼します」



そっと部屋の中を覗くと、如何にも不機嫌といった顔をしたひよ里さんが居た。
視線を向けられて、思わず姿勢を正す。
こんな時ばっかりは副隊長の威圧感を感じる。



「何やリナか。五番隊言うたからハゲ真子かと思ったわ」
「書類を届けに来たんですが、曳舟隊長はいらっしゃらないようですね……」
「隊長なら今任務に出とるわ。ウチが渡しとくさかい、そこに置いときや」



ひよ里さんに言われた通りに、机の上に書類を置いた。
相変わらずひよ里さんは仏頂面のままだ。
このまま出て行くのも悪い気がして、あっと思い出し懐から包みを取り出した。



「ひよ里さん、よかったらどうぞ」
「何やこれ」
「友人にもらったお菓子です。何でも現世のお土産だそうで」
「ふうん。もらったるわ」



ひよ里さんは包みを開けると、中身を口の中に放り込んだ。
どうやら気に入ってもらえたらしく、少しだけ表情が和らいだ。



「何かあったんですか?」
「まあ……な」
「私にできることがあったら言って下さいね」
「ありがとな」



それ以上は話したくなさそうだったので、無理して聞くのも失礼だと思い十ニ番隊を後にした。
ひよ里さんが平子隊長に喚き散らしているのは良く見るけれど、あんな風に機嫌を悪くしているのは初めて見た。
もしかしたら私にはわからない悩みがあるのかもしれない。



「リナ」
「愛川隊長、お久しぶりです」
「ああ。お前、今十ニ番隊から出てきただろ。ひよ里の様子どうだった?」
「ひよ里さんですか?少し機嫌が悪いようでしたけど……」



私の返答を聞いて、愛川隊長は肩を落とした。
よほど重大なことがあったんだろうか。



「あの、ひよ里さんどうしたんですか?」
「ああ……ちょっと真子とな。お前は気にしなくていいよ」
「そうですか……」
「おいおい、リナまで落ち込むなよ。お前はいつも通りにしてればいいんだ」



引きとめて悪かったな、そう言い残して愛川隊長は十ニ番隊へと向かった。
きっとひよ里さんと話をするんだろう。
それにしてもひよ里さん平子隊長と何かあったなんて。
不安を覚えつつも私は五番隊へと急いだ。



「リナ君」
「副隊長、どうかしたんですか?」
「平子隊長を見ていないかい?」
「いえ、今日はお見かけしていませんよ」



隊に戻ってすぐ、珍しく慌てた様子の副隊長に声をかけられた。
どうやら平子隊長を探しているようだ。
さっきのひよ里さんの様子を思い出し、胸騒ぎを覚えた。



「そうか……今日の朝から姿が見当たらないんだ。隊首会があるっていうのに」
「私も探します」
「でも君の仕事が」
「大丈夫ですよ、隊長を見つけるのが先です」



急いで隊舎を出て、隊長が行きそうな場所を探す。
でも、私には彼の行きそうな場所なんてわからなかった。
自分で思っていた以上に私は隊長のことを知らないんだ。



「隊長、大丈夫かな……」



瀞霊廷を見渡せる小高い丘の上、私は神経を尖らせて隊長の霊圧を探っていた。
どこにも霊圧を感じない。
もしかしたら瀞霊廷には居ないんじゃないか。
そう思った時、不意に背後に気配を感じた。



「隊長!」



振り向けば今まさに探していたその人が居て。
霊圧を消してしまっているから、見つけられなくて当たり前だ。



「どこに行ってたんですか、探したんですよ!」
「何や、そないに怒らんでもええやないの」
「何言ってるんですか!副隊長も私も心配して……」



もしかしたらこのまま隊長がどこかに行ってしまうんじゃないかって。
もう二度と会えないんじゃないかって。
そう言おうとしたけれど言葉にならなかった。



「何っちゅう顔しとんのや」
「隊長が居なくなるからいけないんですよ」
「悪かったな、ちょっと頭冷やしとったんや」



隊長の大きな手が私の頭を撫でる。
やっぱり私はこの人のことが好きなんだなと思った。


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