「お前はいつまでグズグズしとんのじゃ!」



朝、突然隊首室に飛び込んできたひよ里に殴られた。
意味がわからずに呆然としていると、さらにもう一発。
さすがにわけもわからずに殴られるのは気分がよくない。



「お前、人の顔に何しとんねん!」
「ハゲがいつまでもグズグズしよるからや!」
「しゃあから何の事や!」



むすくれた表情で俺の顔を見るひよ里。
そんな顔をされたところで俺には意味がさっぱりわからない。
目の前のチビに何かしただろうか。
そんなこと心当たりがあり過ぎて、何に怒っているのかさえわからない。



「リナの事や。いい加減にケジメ付けや」
「リナ?」



彼女の口から出たのは意外な人物の名前。
何で今怒っていることとリナが関係あるのか。
余計に混乱してきた。



「何惚けとんねん、アイツに気あんねやったらさっさと言えばええやろ!」
「お前、なんでそのことを……」



正直に言うと驚いた。
俺がリナ……部下のあの子を好きだというのは確かだ。
ただの部下ではなく、それ以上に。
でも俺はこのことを誰にも言った覚えはない。
あの子が俺のことを上司として慕ってくれているのであれば、それ以上を望んで今の関係が崩れるのは嫌だった。



「そんなんお前見とったらわかるわ、ハゲ」
「ハゲってなんやねん、ハゲって」
「ハゲやからハゲ言うとんねん。お前がウジウジしよるん見るんは気悪いんや、さっさと玉砕してまえ!」



あっさりと言うけれど、生憎そんなことができるほど俺は若くない。
しかも、相手は自隊の部下。
仕事に差し障るようなことは隊長として許されない。



「お前には関係あらへん」
「関係あるから言うとんのじゃ」
「ないわ、アホ。リナはただの部下や、それ以上でもそれ以下でもない」
「お前、それ本気で言うとんのか?」
「当たり前やないか。わかったらさっさと隊に戻れ」



それ以上何も言わず、ひよ里は隊首室を出て行った。
彼女が去った後、まだ出勤してくる隊士も居ない静かな部屋の中で一人考えた。
なんで彼女はあそこまでリナにこだわるのか。
いつもの彼女なら、冷やかす程度のはずが。



「玉砕、な……」



それすらも許されない自分が酷く惨めに思えた。
せめてあの子が他の隊の子だったら……いや、そうだったらきっとこんな想いは抱かないだろう。
それに、自身の副官も恐らくあの子に惹かれている。
滅多に感情を見せない奴が、彼女の前でだけ心を見せているような気がするのだ。



「部下の恋路は邪魔できへんやろ……」



もうすぐ出勤してくるはずの副官の顔が見たくなくて、思わず部屋を飛び出した。

あてもなくふらついていると、あの子の姿を見つけた。
どうやら俺を探していたらしい。
突然立ちあがって俺の手を取り走り出す彼女。
身体がよろめいたところを受け止めた。
密着する身体に心臓の音が煩い。
聞こえていなければいいが。

彼女に教えられた隊首会に行けば、内容はいつものごとくただの報告で。
その帰り道、十ニ番隊に寄った。



「入るでー」



中に居たのは副隊長の彼女だけ。
俺を見るなり冷たい視線を向けてきた。
この視線をあの子にも向けたのかと思うと少しだけ申し訳ない気持ちになった。



「何や」
「お前に話があって来た。俺はリナの事が好きや。でもな、隊長ちゅうんはそないにホイホイ自分勝手に動けるもんでもないんや」



少しの沈黙の後、彼女は立ちあがって朝と同じように俺の頬を殴った。
不思議と痛くなかった。



「これで終いや。勝手にせえやハゲ真子」
「何や、えらいあっさりやな」
「煩いわハゲ。羅武にも同じ事言われたんや」
「羅武?」
「せや。わかったらさっさと行きや、ウチはお前やのうてリナの心配しとるんやからな!」
「どういう意味や」
「ハゲになんか教えたらんわ!」



無理矢理に外に追い出され、ピシャリと戸が閉まった。
よくわからないが、納得してもらえたらしい。
隊に戻ったらあの子にもう一度謝ろう。
軽い足取りで隊に戻れば、優秀な副官に説教をされた。


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