あの日、彼女を見ているとどうしても抑えられなかった。
こんな感情、私には必要ないものなのに。



「惣右介」
「どうしたんですか、隊長」



あの日以来、彼女は私を避けている。
これが自業自得というものなのだろうか、あまりにも滑稽だ。
馬鹿馬鹿しい。



「最近リナと居るところ見らんようになったなあ。前はいつも一緒に居ったのに」
「彼女ももう一人前ですからね。僕の出る幕なんてないですよ」
「可愛え部下が独り立ちしてもうて寂しいって顔しとんなあ」
「そんなことないですよ。部下の成長は嬉しい限りです」



一瞬だけ心が揺らいだ。
彼女が僕に近づかないのは独り立ちした所為ではない。
事実、彼女はもうかなり前から一人前に仕事をできるようになっている。



「最近少し元気ないみたいやからな、お前なら何か知ってんやないかと思ってんけど」
「残念ながら僕にはわかりかねます」
「そうか……」



目の前の男、平子真子は要注意人物だ。
この護廷の中で数少ない私を疑っている人物。
それと同時に、彼は彼女のことを想っている。
恐らく部下以上の感情を抱いている。



「そんなに気になるのでしたら、ご自分で尋ねてみては如何ですか?リナ君も隊長には懐いているようですし」
「懐いとるって何やねん。俺のことを尊敬しとるんや」
「そんなに自信満々に言わなくても……」



何かを考えている様子の平子隊長。
きっと彼なら彼女を笑顔にできるんだろう。
私にはもう無理かもしれない。
こんなにも彼女のことが気になるなんて、どうかしてる。



「藍染副隊長」
「リナ君か。どうしたんだい?」



それから数日後、彼女が珍しく私を訪ねてきた。
以前はよくあることだったのだが、あの日以来必要最低限の会話しかしていない。



「その……美味しいお茶菓子をいただいたので召し上がられないかな、と」
「ありがとう。もうすぐ隊長も戻ってくるし、君も一緒にどうだい?」
「いいんですか?」
「もちろん、君なら大歓迎だよ」



彼女がぎこちなく笑った。
それだけで心が温かくなるような気がした。
どうやら隊長が彼女に何か言ったようだ。



「リナ君、すまなかったね」



彼女がお茶を淹れて戻ってきた。
香ばしい香りが鼻をくすぐる。
驚いたような表情の彼女にいつもの笑顔を向けた。
心の内を悟られないように。



「君を送っていった日だよ。少々驚かせてしまったかと思ってね」
「いえ……」
「忘れてくれと言っても難しいかもしれないけれど、君が思い悩むことなんてないよ」
「ですが」
「君が隊長のことを想っていることくらいわかっているからね」



先ほどよりもさらに目を見開いている彼女の顔を見ると、どうやら私の推測は正しかったようだ。
彼女が何か言いかけようとしたところで渦中の人物、平子真子が部屋に戻ってきた。



「お、リナ居ったんか。何や美味そうな菓子があるなあ」
「リナ君が持ってきてくれたんです。隊長も如何ですか?」
「もらおうか」



これでいいんだ。
彼女の存在はやがて私の足枷となる。
未練など、大事なものなど存在してはいけないのだから。


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