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夕刻、とっくの昔に終わった書類を机の上にまとめ、窓の外を眺める。
今年の夏は暑い。
こんな日は部屋の中で涼みたいところだが、生憎それは叶わない。



「優奈さん、入るで」



ノックもせずに隊首室へと入ってきたのはまだ幼い子供。
私が稽古をつけることになった霊術院の学生、市丸ギンである。



『相変わらず来るのが早いな』

「だって、早く優奈さんと稽古したいんやもん。それに、優奈さんかて仕事はよ終わって暇やろ?」



にっこりと顔を見上げられれば、私も思わず頬が緩む。
この少年に稽古をつけるようになって三カ月ほど経った。
ギンの腕の上達ぶりは凄まじく、ついこの間斬魄刀の名を聞くまでに至った。



『そうだな。行くぞ』



笑顔で私の後をついて来るギン。
すれ違う隊士たちもこの光景にすっかり慣れてしまったようすだ。
かく言う私も、ギンのことをまるで弟のように思っている自分に気づいていた。
もう一度…私に護るモノができたのだ。



「あ…」



ギンが呟くような声を出した。
その視線の先には惣右介と十番隊の女隊士。
仲がよさそうに話している。



『どうしたのだ?』

「藍染さんって優奈さんと付き合うてるんやないの?」

『馬鹿な。そんなことあるわけがなかろう』



ふうんと納得していない様子のギン。
事実、私と惣右介はただの友人だ。
誤解しているのはギンだけではないようではあるが。
稽古の最中、ギンが急に動きを止めた。
どうしたのかと問えば、不服そうな目こちらをで見た。



「なして優奈さんは斬魄刀使うてくれへんの?」

『学生相手に始解は出来ぬであろう?』



そう言ってやると、頬を膨らませた。
確かにギンは強い。
しかし、まだ始解を習得したばかりだ。
驕りは時に身を滅ぼす。
そのことを教えてやるのもいいかと思い、私は辺りに結界を張った。



『仕方ない。後で四番隊に連れて行くからな』



私は浅打を放り投げ、斬魄刀を手にした。
刀を天に突き上げると、ギンに見せつけるようにわざわざ解号を唱える。



『我が血をもってその力となせ…禊萩(ミソハギ)』



刃も柄も鐔も全てが紅紫色に染まった刀を見て、ギンは声を失っている。
私は刀をギンに向けると刃先で円を描いた。



『ギン、せっかく斬魄刀を開放したのだから、少しは楽しませてくれ』



そう言うと同時に刃先から何枚もの花弁が出て、ギンへと向かって行く。
ギンはかろうじて攻撃を避けた様子だが、私が刀を軽く引くと、再び花はギンを襲い、その茎が身体に巻きついた。



『どうだ、綺麗であろう?まるで禊萩の花のようだ』

「射…殺せ…」



まだ少し余裕があるのか、刀を私に向けるギン。
私は次の言葉を紡いだ。



『残念だがお前の刃は私には届かぬ。終いだ…針葉』



次の瞬間、ギンの身体に巻きついた茎から、まるで刃のような葉が突き出す。
ギンの小さな身体からは血が噴き出し、その場に倒れた。
私は結界を解き、血まみれになったギンを抱き上げる。
すると、ギンはまだ意識があるようで、笑顔で私の顔を見た。



「やっぱり…隊長さんには敵わへんねんなァ…」

『喋るな。すぐに四番隊に行く』



瞬歩を使い四番隊へと向かう。
救護室に着くと、すぐに卯ノ花隊長を呼んだ。



「これは…随分と派手におやりになったのですね」

『すまぬ、つい…』



この子だったからよかったものをと小言を浮かべる彼女の表情は、言葉とは対照的に柔らかだった。
傷の手当ての終わったギンは罰が悪そうに私の顔を見上げた。



「優奈さんってほんまに強いんやね」

『隊長ならこんなものだ。まだまだ全力は出していない』



恐ろしいわァと苦笑するギンの頭をそっと撫でる。
今のギンが私に負けるなど当たり前のことだ。
今日のことを忘れずにこれからもっと強くなっていってくれればいい、そんな思いを込めて。

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