>> 8 夕飯の後、惣右介が持ってきてくれた酒を酌み交わす。 話題に上ったのは先日のギンとのことだった。 「ほう、ギンと酒を…」 『あの子も大人になったのだなと思ってな…』 親心、とでも言おうか。 嬉しいような悲しいような、複雑な心境だった。 「君はギンの母親のようなものだったからね」 『ならば、惣右介は父親か?』 惣右介がクスリと笑った。 今日の彼はいつもと違ってよく笑う。 私の前では滅多に笑わないのに。 「じゃあ、君と私は夫婦といったところかい?」 何を莫迦な…そう言いかけた時だった。 惣右介の手が私の頬に伸びてきて、そのまま顔を近づけられた。 気が付けば目の前には眼鏡を外した惣右介の端正な顔があった。 『惣…右介…何を…』 突然のことに動揺する私に、惣右介はなおも微笑む。 「君は…優奈は鈍いな。私はいつも君を見ていたというのに」 唇に何か触れたと思えば、それはすぐに離れた。 私たちは友人、そう思っていたのは私だけであったのだろうか。 頭が混乱する。 「“友人ではなかったのか”そう思っているのだろう?残念ながら、ただの友人であったならばあの時私は君を消していたよ、優奈…」 “あの時”そう言われて、あの忌々しい記憶が蘇る。 友人を奪われたあの夜のこと。 今でも消えないこの傷痕。 奪ったのは目の前のこの男。 それなのに、私は… 「私は君のことを少なくとも友人以上だと思っているよ、優奈」 『私は…』 気づいてはいけない想い、その想いに気づいた瞬間だった。 prev//next back |