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『いってくる』

「気をつけてね!」



春になり、私は霊術院に通いだした。
しかし、授業はどれもつまらなかった。
死神としての心得や歴史なんかは山じいは浮竹さんから教えられたし、斬術や歩法、白打や鬼道も教わっていた。
それに加えて”総隊長の孫”という噂が学院中に広まっていた。
周囲からの好奇の目に晒されるのはあまりいい気分ではなかった。
そして入学からひと月ほど経ったある日、私は学院の屋根に寝転んで空を見上げていた。



『天気いいな…』



今は授業中。
抜け出してこんなことをしていると知ったら、山じいや浮竹さんは怒るのだろうな。
京楽さんは笑ってくれる気がする。



「隣、いいかい?」



いきなり声をかけられて横を向くと、温和な笑顔を私に向ける青年が居た。



『構わぬ。そなたは…たしか藍染といったか?』

「僕のことを知っているんだね、暁さん」



知っているも何も、この男は有名人だ。
全てにおいてトップクラス。
おまけに人当たりもいいものだから、男女問わず慕われている。



『有名人であろう、知っている』

「君だって有名人じゃないか。僕のことは惣右介でかまわないよ」

『そうか。それでは私のことは優奈で構わぬ』



惣右介は私の隣に寝転ぶと、同じように空を見上げた。



「空は綺麗だね」

『ああ。教室の中よりよっぽどいい』



惣右介はふふっと笑った。
何かしたかと思い、彼のほうを見る。



「いや、”総隊長の孫”だっていうからもっと堅い人なのかと思ってたよ」

『惣右介こそ。優等生がこんなところでサボっていていいのか?』

「それはお互い様だろう?」



それもそうかと思い、再び空を見上げた。
早く…早く卒業して死神になりたい。
強くなって妹を守れるようになりたい。
それからというもの、私は学院に居る時間の大半を惣右介と過ごした。
一緒に過ごすうちに、いつも皆の前でにこにこしている惣右介の笑顔が作り物だということに気がついた。



『なあ惣右介、お前は何故無理をして笑うのだ?』



そう言うと、惣右介は驚いたような表情で私を見た。



「全く…優奈は怖いな」

『私に隠し事なぞ百年早い』



ふふっと笑うと、惣右介もそれに合わせて笑った。



「君こそ、なんで皆の前で笑わないんだい?」

『笑う必要などないからだ』



私は学院に居る時は惣右介の前以外で笑わない。
笑う必要なんてない。
私を妬むような眼で見る人たちの前でなんて。



「笑ってるとモテると思うんだけどね」

『大きなお世話だ。惣右介のようにいろんな子に言い寄られても困るだけだ』



そうだねと惣右介は苦笑する。
いつだったか、京楽さんが講師として来た時、私が惣右介と話しているのを見て驚いていた。
そして、授業が終わるとあれは誰だとか、恋人かとか、しつこく聞いてきた。
その様子がまるで父親のようで面白かった。



『父様、か…』



ぽつりと呟くと、惣右介が優しく微笑んでくれた。



「いいじゃないか、いい父親代わりが居て」

『…それもそうだな』



惣右介は私の一番の理解者だった。
彼は自分のことを滅多に話さなかったけれど、私と同じように強くなりたいんだと言っていた。


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