>> 3 『皆、迷惑をかけてすまない』 目を覚ました翌日、私は仕事に復帰した。 もっと休んでいろと言われたが、これ以上迷惑をかけるわけにはいかなかった。 ――――― 『破道の九十、黒棺』 「凄いな、九十番台詠唱破棄か」 業務時間も終わった頃、私は一人隊舎の裏で修業をしていた。 『惣右介…』 「最近は君の噂で持ちきりだよ。十番隊の隊長は血も涙もないって」 『それは心外だな』 鈴が死んで一年が経とうとしていた。 私は副官を置かず、一人で十番隊を切り盛りしていた。 鈴が死んで、私には守るべきモノがなくなった。 非番の日はただひたすらに修業をし、少しでも強くなろう、そう思っていた。 けれども強くなるのは何のためかと聞かれれば答える当てもなく、ただ強くなりたい一心だった。 「平子隊長も心配しているよ。優奈の様子がおかしいって」 『皆に言われる』 最近いろんな人に言われる。 ”優奈は変わった”と。 別に変ったわけではない。 これが本当の私なのだ。 『惣右介も私が変わったと思うか?』 「私はそうは思わないよ。ただ、本来の君に戻っただけさ。学院に居た頃の君に、ね…」 そう、彼は私のことをわかってくれている。 死神になって多くの人に慕われるようになり、表情の固かった私も笑うことを覚えた。 言葉づかいも物腰も、見違えるように柔らかくなった。 しかしあの日、鈴が死んでから私は笑うことを忘れた。 泣くことも忘れた。 感情をどこかに置いてきてしまったようだった。 『おかしいと思うか?死んだ者のことをいつまでも引きずって…』 「私は構わないと思うよ。どんな君でも君に変わりはない」 『そうか…』 私が隊長になって四年が過ぎた。 今日は新しい隊長の任官式で一番隊に来ている。 「優奈、久しぶりやのう」 『平子か。相変わらずだな』 「真子や言うとるやろうが。ったく…」 入り口で五番隊の二人に会い、平子はいつものように親しげに私に話しかける。 今でもこの男は私の憧れであることに変わりはない。 しかし、今の私はこの男より強い。 そんな自信が私にはあった。 「「優奈(ちゃん)!」」 『京楽に浮竹か。相変わらず元気そうだな』 「優奈ちゃんは相変わらずクールだねぇ〜」 この人たちも以前と同じように私に接してくれている。 しかし、私は以前…妹がまだ生きていた頃にどのように接していたのか思い出せない。 まるで記憶をなくしてしまったかのようだった。 「曳舟は今日はもう来ていないみたいだな」 『零番隊に昇進なのだろう?仕方ないさ』 「昇進!?」 惣右介が珍しく話に入ってきた。 『ああ。曳舟は零番隊昇進のために十二番隊を抜けたのだ』 部屋に着くと、どうやら新入りはまだ来ていないようで、私たちはいつものように並んで待っていた。 しばらくすると、一人の男が中に入ってきた。 「ありゃ?もしかして…ボク一番最後っスか?」 『喜助…』 新しい十二番隊の隊長は浦原喜助だった。 「皆さん、初めまして!」 笑顔で挨拶をする喜助を見ていると、自分が隊長に就任した時のことを思い出さされた。 悪夢の前触れのようなあの一時の幸せな時間を。 prev//next back |