梅雨が明けると夏はすぐそこ。



「郁ちゃーん、かまってよー」
『こうして電話に出ているだけでもありがたいと思いなよ。僕だってもうすぐ試験なんだ』
「郁ちゃんなら余裕だって」
『そんなこと言ってるリカはどうなんだい?』
「余裕、余裕」



これでも一応やることはやっているんだ。
試験前だからか琥太郎は忙しそうだし、他の皆も試験勉強だって言って相手にしてくれない。
暇で暇で仕方がない。



『夏休みになったら遊んであげるからさ、しばらく我慢してなよ』
「はーい」



郁ちゃんの電話を切った後、することもなくて部屋から出て屋上庭園へと向かった。
この学校に来てからは空を見上げることが多くなったと思う。
興味なんてなかったのに。



「へびつかい座、か……」



ベンチに寝転がって夜空を見上げる。
へびつかい座はアスクレピオスの姿とされている。
彼は名医だったが死者を蘇らせてしまったために殺された。
しかし、星座となってもなお、蛇に姿を変えて人々を救ったとされている。



「医者ねえ……」
「こんなところで何やってるの?」



突然の声に上体を起こせば、錫也が居た。
大方試験勉強の一環といったところだろう。



「錫也こそどうしたの?」
「勉強だよ。そういうリカは違うみたいだけど」
「私は暇つぶし」
「試験前なのに余裕だね」



クスクスと笑いながら錫也は私の隣に座った。
クラスは違うけれど、月子や哉太と話をするうちに錫也とも少しは仲良くなった。
とは言っても、私が彼について知っていることなんて月子達の幼馴染だということと料理が上手いということくらいなんだけど。



「リカは医者に思い入れでもあるの?さっきへびつかい座とか医者とか言ってたからさ」
「まあね……。私医者になりたかったんだ」



昔、大事な人を病気で亡くした。
その人の病気を治すために医者になろうとしていた人は医者になることを辞めた。



「リカが医者って何か意外だね」
「失礼な」
「冗談だよ。なりたいならなればいいんじゃないかな」



たくさんの命を救いたいとかそんな綺麗事じゃない。
私は自分の罪を洗い流したくて医者になりたいと思った。
何もできなかった私を、今も何もできていない私を。
あの人が諦めてしまった道を私が代わりに歩きたいと思ったんだ。



「錫也に言われるとできる気がしてくるよ」
「それは光栄だな」



錫也は優しいと思う。
いつも笑顔でいて、周りのこともちゃんと見てる。
私もこんな風になれたらよかったのに。



「勉強の邪魔してごめん。もう行くよ」
「気にしなくていいよ。俺も気分転換になったしね」



錫也を残して屋上を出た。
部屋に戻って広げたのは参考書。
少しだけ、自分の未来が見えた気がした。


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