優しい風



身体が重い……力が入らない……
開かれた障子の隙間から見える空は、こんな僕をあざ笑うかのように青く澄み渡っていた。



「僕、死んじゃうのかな……」



自力で起き上がることすらもうできない。
枕元に置いてある刀に手を伸ばすことももうできない。
今まで刀を握っていたはずの手は、少しだけ小さくなったような気がした。



『沖田さん、入りますね』



今日も彼女はずっと僕に付いている。
目が赤い。
きっと泣いたんだろう。
僕の所為で彼女に辛い想いをさせてしまう。



『お水、飲みますか?』
「うん、もらえるかな」



彼女に手を添えられて起き上がる。
着物越しに伝わってくる彼女の温度が心地いい。
できれば少しでも長く、傍に居たいと思った。



「夜ちゃん、ありがとう」
『急にどうしたんですか、沖田さんらしくない』
「そんなことないよ、本当に感謝してる」



嬉しそうに顔を赤らめる彼女。
これは紛れもない僕の本心だ。
たった数日間だったけど、最期に彼女に出会えてよかった。



『私も沖田さんには感謝してますよ』
「僕は何もしてないよ」
『そんなことないですよ。沖田さんと居ると楽しいですから』



彼女は僕のことを沖田さんと呼ぶ。
結構仲良くなったつもりだけど、彼女は決して僕のことを総司とは呼ばなかった。
僕が呼ばせないようにしていたから。
ほんの些細な抵抗かもしれないけれど、少しでも彼女との間に壁を作っておきたかった。



「僕さ、幸せ者だよね。最期にこうして夜ちゃんに会えたんだからさ」
『もう、何言ってるんですか』
「聞いて。僕、ずっと死なんて怖くないと思ってた。実際いつ死んでもおかしくないような仕事してたし、人の終わりがどんなにあっけないものなのかもわかってるつもり」



彼女は黙って聞いていた。
ふいに握られた手に力が入る。
少し震えているみたいだ。



「でもさ、今は死ぬのが少しだけ怖いかな」
『なんで、ですか……』
「なんでだろうね。夜ちゃんに会えたからかも」



俯く彼女の顔から、一滴の涙が零れ落ちた。
僕の着物にじわじわとしみ込んで、次第にその染みは大きくなった。
なんでだろう、もうすぐ僕は死ぬっていうのに不思議と悲しくない。
今はそれよりも嬉しいんだ。
今、こうして彼女と居られることがこんなにも嬉しい。



『沖田さん……私、沖田さんのことが好きです』



震える声で彼女は言った。
僕は上手く力の入らない手で彼女の手を握りしめた。
残っているありったけの力を込めて。



「ありがとう」



それだけ言うので精一杯だった。
もっと言いたいことがあるはずなのに、上手く言葉にならない。
伝えたいことも、伝えなきゃいけないことも山のようにあるはずなのに。



「僕も夜ちゃんのことが好きだよ」



これだけは言わない、言っちゃいけないと思ってたのに。
これ以上彼女を悲しませたくないのに。
ふわりと僕の身体を彼女が包んだ。
温かい。



『ずっと傍にいさせて下さい』



彼女の胸の鼓動が伝わってくる。
僕の鼓動も伝わっているのかな。



「ずっと傍にいるから、ね……」



開かれた障子の隙間から風が入ってきた。
夏の匂いと同時にそれが運んできた香りは、どこか切なくて、でも僕にとってはそれが幸せの香りだったんだ。



END


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