あと少しだけ



昨日から沖田さんはずっと寝ている。
今朝松本先生が来て、もうそろそろだと言っていた。
こんなにあっけなく終わってしまうものなんだ。



『手ぬぐい、換えますね』



額に乗せている手ぬぐいを取り換える。
時折魘されているような声を上げるだけで、彼は瞼を上げない。
それでも温かい身体は、まだ彼が、沖田総司が生きているということを教えてくれる。



『沖田さん……』



いくら名前を呼ぼうとも返事はない。
主人が気を使ってくれて、しばらく私は沖田さんに付きっきりでいることになった。
握った手が微かに動いた。
はっとして彼の顔を見ると、ゆっくりと瞼が持ち上がった。



『沖田さん?』
「夜ちゃん……ずっと居てくれたの?」
『はい。しばらく他の仕事はしなくていいから、沖田さんに付いていなさいって』
「そう」



起き上がろうとするも、力が入らないのか彼は悔しそうな顔をした。
いつも枕元に置いてある刀に手を伸ばすことすら、もうできない。



『調子が良くなったら剣を教えて下さいね』
「僕は厳しいよ?」
『沖田総司に稽古を付けてもらえるんですから、少しくらい厳しくても平気です』
「ははっ……じゃあ夜ちゃんは僕の弟子だね」



きっとそんな日は来ない。
それでも、いつかそんな日が来ればいいと思ってしまう私は欲張りなんだろうか。
できることならもっと一緒に居たい。
もっといろんな話をして、沖田さんの仲間にも会って、そして二人で。



『新選組の皆さんにも会わせてくださいね』
「そうだね……何て言って紹介しようかな」
『沖田さんの弟子です』
「じゃあ、それまでに強くしてあげなきゃな」
『望むところですよ』



これでも武家の娘なんですよと言うと、彼は少しだけ驚いたような表情をしていた。
少しの沈黙の後、だからこんなに気が強いんだと笑った。
いつもの沖田さんで安心した。
沖田さんはいつも私をからかっては笑って、私もそんな彼につられて笑って。
いつの間にかそれが日常になっていた。



「夜ちゃん、薬、飲もうかな」
『じゃあ持ってきますね』



今にも零れそうな涙を必死に堪えて、私は部屋を出た。
部屋を出た瞬間に我慢していた涙が溢れだした。



『沖田……さん……』



もし神様が居るなら、一つだけ願いを叶えてほしい。
あと少し、あと少しだけでもいいから私達に時間を下さい。
もっといろんな彼の表情を見ていたい。
もっといろんな景色を、いろんな季節を彼と見ていたい。



「相変わらず苦いね」
『良薬口に苦し、ですよ。あと、これは土方さんが下さった石田散薬です』
「これ嫌いなんだよね」



松本先生を介して、新選組の副長である土方さんが沖田さんにとくれた薬。
彼は嫌そうな顔をしながらも口に含んで一気に流し込んだ。



「相変わらず苦いなあ……でも懐かしい」



あと少しだけ。
そう願っているのは、きっと私だけじゃない。


back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -