安寧に身を任せて



昨日は沖田さんがちゃんと食事を取ってくれた。
やっぱり量は少ないけれど、少しでも食べてくれたことが嬉しかった。



『あ、禊萩の花が咲いてますよ』



日中、今日は少し調子がいいらしい沖田さんと縁側に座って話をしていた。
庭に咲いている禊萩の花を見つけて、彼に知らせる。



「本当だ、もう夏なんだね」
『早いですね』



彼の体調を考慮してか、この離れは比較的日陰にある。
ふわりと舞う風は少し生ぬるいけれど、嫌になるような暑さではなかった。



『沖田さん、京って暑いんでしょう?』



沖田さんは京の話をするといつも嬉しそうな顔をする。
京という場所は、きっと彼にとって特別な場所なんだろう。
だから私は、いつも彼に京のことを尋ねていた。
彼の嬉しそうな顔を見ていると、私まで嬉しくなるから。



「そうだね、江戸よりずっと暑いよ。それなのにさ、一君ったらずっと襟巻を巻いているんだ」



彼の言う一君とは、新選組の幹部。
彼の話にはいつも新選組の人達が出てきて、最後はいつも近藤さんの話になるんだ。



『私もいつかお会いしてみたいです』
「そうだなー、夜ちゃんはきっと近藤さんに気に入られるよ」
『どうしてですか?』
「何となくかな。僕の世話係だったって言えばきっと良くしてくれるよ」



“世話係だった”
過去のことにしてしまう沖田さんはきっと無意識なんだろう。
彼は私がいつか近藤さんに会うことがあるとすれば、それは自分がもうこの世に居ない時だと思っている。
涙が出そうになるのを必死に堪えて、作り笑いをした。



「平助君とは仲良くなれそうだね。夜ちゃん子供っぽいし」
『ちょっと、どういう意味ですか!』
「そのままの意味だよ」



ケラケラと笑う沖田さん。
今日は顔色もいい。
もしかしたらこのまま病気が治ってしまうんじゃないかと思わずにはいられなかった。
そんなこと、有りはしないのに。



『あ、猫だ』



私達の足元に一匹の猫がすり寄ってきた。
猫は沖田さんの着物の裾にじゃれついて楽しそうにしている。



「こら、ひっぱらないで」



慣れた手つきで猫を抱き上げると、膝に乗せた。
猫はというと、気持ちよさそうに沖田さんの膝の上で丸まっている。



「この子は呑気だなあ」
『可愛いじゃないですか』
「そうだね。こんなのも悪くないかな」



小さな声で呟いた沖田さんの表情はどこか悲しそうだった。
もしかしたら戦地にいる仲間のことを考えているのかもしれない。
今も何処かで命を賭けて戦っている彼等のことを。



『幸せって何なんでしょうね』
「どうしたの?いきなり。年寄りみたいだよ」
『失礼な!沖田さんより年下ですよ』
「知ってるよ」



考えてもその答えなんて出なかった。
答えなんてないのかもしれない。



『そろそろ部屋に戻りますか?』
「いや、もうちょっと此処に居るよ。この子気持ちよさそうだし」



彼の膝の上で丸まって寝ている猫。
愛おしそうに頭を撫でている沖田さんの表情は、さっきまでと違って穏やかだった。
少なくとも今は、この瞬間は、彼は幸せだと思ってくれていたんじゃないかと思う。


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