不安、漠然と



世話係が代わったらしい。
恐らく辞めたいと言ったんだろう。
新しく来た子はどこか姉さんに似ていた。



「夜ちゃん、ね……」



朝起きると、新しい世話係の子が昨日と同じように朝餉を用意していた。
昨日は結局手を付けなかった。
仕方ないんだよ、本当に食欲がないんだ。



『今日は少し変えてみました。味気ないものよりもこっちのほうがいいでしょう?』



そう言って彼女は嬉しそうに笑った。
盆の上にはおかゆと何だかよくわからないけど色とりどりのおかずらしきもの。
此処に来てから、いやこうして床に伏せるようになってからまともな食事なんて摂っていない。
食欲がないことに加えて、いかにも病人用という料理はどうも好かない。



「何のつもり?」
『おかゆだけだと味気ないと思いまして、おかゆに好きなものを混ぜてもらおうかと。こっちは紫蘇で、これは胡麻をすったものです。あ、味噌も入れると美味しいですよ』



次々に説明をしていく彼女。
こんなに嬉しそうに言われたら、食べないなんて言い辛くなる。



「じゃあ、夜ちゃんの好きなもの入れてよ」
『何でもいいですか?』
「うん。この中に嫌いなものはないから」



じゃあ、と次々におかゆの中に混ぜていく。
差し出された茶碗は最早おかゆだと思えないほどに具が入っていて、思わず笑ってしまった。



『ど、どうして笑うんですか!』
「いや、夜ちゃんって面白いよね」
『何がですか。ほら、食べて下さい』
「わかったよ。食べるよ」



一掬い口に入れると、思いのほか美味しいと思った。
まだ味覚はちゃんと機能しているんだ。
僕が食べている様子をにこにこと見ている彼女に、少しだけ悪戯をしたくなった。



「夜ちゃんも食べる?」



蓮華を差し出すと、彼女は慌てて首を振った。
真っ赤になっている顔を見ると、また笑いが込み上げてきた。



『私は、その……いいです』
「何で?美味しいのに」



俯いて言いにくそうに彼女はぶつぶつと呟き始めた。
やっぱり彼女は面白い。
少しだけ、ほんの少しだけ不安になった。



『沖田さんに出す前に、何を入れたら美味しいか散々味見したんですよ……』
「僕のために?」
『だって、せっかく食べてもらうんなら美味しいほうがいいに決まってるじゃないですか』



僕は臆病なんだ。
新選組を離れることを決めたあの日、僕の人生は終わったと思った。
今まで近藤さんのためにがむしゃらに剣を振り、少しでもあの人の役に立ちたいと思ってきた。
それなのに、こんな大事な時期に僕はあの人の力になれない。



「そうだね、ありがとう」
『お昼はまた違うのにしましょうね』



死ぬのは怖くなかった。
戦いの中で死ねるなら本望。
近藤さんのために戦って死ねるなら、こんな幸せなことはない。



「暑くなってきたから冷たいものがいいな」
『冷麦なんてどうですか?』



それなのに、今の僕と来たら生きているだけで精一杯で、とてもじゃないけどあの人の後ろを護ることなんてできない。
もう僕は、沖田総司は死んだんだ。



『食べ終わったら薬飲んで下さいね』



差し出された薬が憎い。
こんなものに頼らないといけない自分が腹立たしい。



「うん、わかった」



そして、素直に彼女の言うことを聞いている自分にも、少しだけ苛立った。


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