見えない心



沖田さんの世話係になって二日目。
朝起きて支度をすると、朝餉の準備をして彼の部屋へと向かう。
断りをいれて部屋に入ると、部屋の主はまだ夢の中だった。



『沖田さん、おはようございます』
「ん……なんだ夜ちゃんか」
『朝ですよ、御食事をお持ちしました』



眠いのか些か不機嫌な沖田さんは、だるそうに上体を起こした。
用意した食事は非常に簡素なもの。
松本先生に、何でもいいから食事を取らせろと言われているらしい。
ついでに、朝はきちんと起こせ、とも。



「いらないよ、お腹空いてないし」
『駄目です、一口だけでも食べて下さい』
「いいよ、どうせ食べたところで病気が治るわけでもないしね」



言葉が出なかった。
彼の言っていることは間違いではない。
昨日の夜、主人から聞いた彼の病名は労咳。
しかもかなり進行しているらしい。



「僕はいらないからさ、夜ちゃんが食べてよ」
『そういうわけにはいきませんよ。これは沖田さんの為に作ったんですから』



しばらく沖田さんはじっと食事を見つめていた。
やがて顔を上げると、今度は私の顔をじっと見る。



『何か顔に付いていますか?』
「これ、夜ちゃんが作ったの?」
『はい。元々家事をするのが私の仕事ですから』



ふうん、と興味なさげに呟くと、沖田さんは再び布団に潜り込んでしまった。
どうしよう、彼に食事をさせないといけないのに。
少しでもいい、たった一口でも食べてくれないと薬を飲ませられないのだ。



「……後で食べるからさ、置いといてよ」



布団の中から聞こえた小さな声。
それを信用していいものかどうかわからなかったけれど、他にどうすることもできずに私は食事と薬を置いて部屋を出た。



「ちょっと、夜ちゃん」



庭の掃除をしていると、主人に声をかけられた。
手招きされて行ってみると、そこに居たのは松本良順先生だった。



「はじめまして、君が沖田君の世話をしてくれている子かね?」
『はい。夜と申します』
「彼の世話は大変だろう?」
『昨日からなので何とも言えませんが……』



ふと、今朝の出来事が蘇った。
作った食事を食べてもらえないというのは案外辛い。
松本先生は苦笑いをしている。



「彼はね、寂しいんだよ。今まで新選組の一線で活躍してきたからね。あんな性格だから人と打ち解けるのも難しいし」
「夜ちゃんには言ってなかったんだけどね、君の前に彼の世話をしていた子は逃げ出してしまったんだよ」
『逃げ出した……?』



主人の話によると、一昨日まで沖田さんの世話をしていた子は彼の態度に耐えきれずに出て行ってしまったそうだ。
そんなに沖田さんとは酷い人なんだろうか。



「君もわかっているとは思うが、彼はもう長くはないだろう。でも、だからこそ残された日々を精一杯生きてほしいと思うんだ」



松本先生はどこか遠くを見ていた。
まだ剣を手にしていた頃の沖田さんを知る先生からすれば、今の状態は見るに堪えないのだろう。



「こんな時彼等が傍に居れば……」



ぽつりと呟いた先生の指す彼等とは、恐らく新選組の隊士のことだろう。
長年共に闘ってきた彼等ならば、沖田さんの望むことがわかるかもしれない。
少しでも沖田さんの心を晴らすことができるのかもしれない。
でもそれは無理な話なのだ。



『私に任せて下さい!』



思わず口をついて出た言葉に自分でも驚いた。
何故だかわからないけれど、沖田さんの為に何かしたいと思ったのだ。
私は昨日彼に初めて会ったばかりで、彼のことなんて何も知らない。
それでも、こんな私でも何かできることがあるかもしれないから。



「心強いね。頼んだよ」



松本先生は人の良い笑みを浮かべて、少し安心したような表情になった。
自信も確信もないけれど、少しでも彼の心の中を見れたら。
小さな決意を胸に、私はこれからどうやって沖田さんに心を開かせようかと思案した。


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