少年のような人



江戸、ここはいろんな場所から流れてきた人々――所謂流れ者――が集まる場所。
かくいう私もその一人で、今はとある植木屋で住み込みで働かせてもらっている。



「夜ちゃん、今日からお前さんには客人の世話をしてもらうよ」
『客人、ですか?』
「大事な御人だよ。くれぐれも失礼のないようにね」



とは言っても私には特に秀でた才能があるわけでもなく、女中のような仕事を任されている。
そして、此処には少し前から客人がいた。
何でも松本先生のお知り合いだとか。
離れにいるため私は会ったことがなかったけれど、噂では武士だとか何とか。



『失礼します』



その客人に用意された部屋に入ると、私とそう歳の変わらなさそうな男性が布団から上体を起こしてこちらを見た。
彼を一目見て悟った。
この人は病人だと。
恐らく、もう長くはない。



『夜と申します。今日からお世話をさせていただくことになりました』
「そう。見てわかると思うけど、僕はもう長くないみたいだ。お世話なんて適当にやってくれればいいから」



冷たい声音でその人は言った。
全てを諦めているかのような瞳。
初めて会ったのに、無性に悲しくなった。



『お名前を教えていただけませんか?』
「沖田総司」
『沖田……さん……』



思わず動揺してしまう。
沖田総司と言えば、新選組の人だ。
まさかとは思うけれど、この人がそうなのだろうか。



「君の考えている通りだよ、僕は新選組の沖田総司。まあ、もう剣すら握れないけどね」



そう言って、沖田さんは力なく笑った。
新選組の沖田総司といえば、かなりの剣豪だと聞く。
けれども、目の前の彼の顔は青白くて痩せていて、信じられないというのが本心でもある。



「まあ堅苦しいことはなしにしてさ、君は僕の話相手になってもらえればそれでいいから」
『話相手、ですか?』
「退屈なんだよね、ずっとこうして床に伏せってるのってさ」
『私でよければ』



私は沖田さんの傍に行こうとした。
けれどもそれは彼によって止められた。
彼はゆっくりと布団からでると、部屋から出て縁側に腰かけた。



「夜ちゃん、だっけ?」
『はい』
「君はずっと江戸に居るの?」
『いいえ、もっと西の出身です』
「西かあ……もしかして長州とか」
『違いますよ』



もしそうだったなら、沖田さんとは敵同士ということになるのだろうか。
いや、里を出た私にはもう関係のない話か。



『沖田さんは京に居らしたんですよね』
「うん。江戸から皆で京に行って、新選組を作ったんだ」
『新選組の話は有名ですからね』



今や逆賊となってしまった彼等も、一時期は江戸までその名声が届くほどだった。
言わずもがな、沖田さんのことも。



「楽しかったなあ。江戸に居た頃は貧乏道場の主だった近藤さんがさ、いつの間にか幕臣だよ」
『そうですね』



新選組の局長、近藤勇と沖田さんとは旧知の仲だと聞く。
彼の話をする沖田さんの瞳は、少しだけ輝いていた。
昔はいつもこんな瞳をしていたんだろうか。



『沖田さん?』



ふいに彼が目を伏せた。
呼びかけても返事はない。
もしかしたら具合が悪いのかと顔を覗き込んでみれば、彼の瞼は今にも閉じようとしていた。



『眠くなったんなら部屋に戻りましょう』
「うん、そうするよ……」



彼の肩と腰に手を添えて、部屋へと戻る。
布団に潜り込むと、彼はすぐに寝息を立て始めた。



『きっと言わないほうがいいんだろうな……』



沖田さんの嬉しそうな顔を見てたら、とてもじゃないけど言えなかった。
近藤勇は既に処刑された、だなんて。
主人にそのことは言うなと釘を刺されたのは、その日の夜のことだった。


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