さよならの代わりに



胸騒ぎがした。
もしかしたらこれで最後なんじゃないかって、心のどこかでそう思ってしまう自分がいた。



「おはよ」
『おはようございます』



朝、早くに市丸さんはやってきた。
今日は義骸というものに入っているらしく、他の人にも視えると言っていた。
初めて見た洋服の市丸さんも、なかなかに格好いいと思う。



『で、どこに行くんですか?』
「せやなあ、何処にしよか?」
『決めてなかったんですね』
「そないなこと言うたかて、ボク現世に詳しくないし」



ふてくされる市丸さんは可愛いと思う。
ただ二人で歩いているだけなのに、こんなにも楽しい。
行き先なんてどこでもいいんだ。
隣に彼がいれば、それだけで。



『これ、可愛くないですか?』
「ふうん、女の子ってこないなモンが好きなんや」



ふらふらと街を歩いていると、ショーケースに飾られたネックレスに目を奪われた。
キラキラと輝くネックレスを見ていると、いつの間にか市丸さんは遠くに居た。



『ちょっと、待って下さいよ!』
「夜ちゃんがアレに気い取られてボクのこと無視するからや」
『何言ってるんですか』



嫉妬、だろうか。
少しだけ目を背ける彼には悪いけれど、嬉しかった。
願わくば、このままずっと一緒に。



「ちょっと休憩しよか」
『そうですね』



かなり歩き回った所為か、私の足は悲鳴を上げていた。
わざわざ新しい靴を履いて来るんじゃなかったと後悔するも、時既に遅し。
目についた喫茶店に入り、私達は昼食をとった。



『何だか恋人みたいですね』
「今日は恋人でええんやない?」



思わず目を見開いた。
冗談のつもりで言ったのに、予想外の答えが返ってきたから。
市丸さんはというと、美味しそうにパスタをほおばっている。
本当に読めない人だ。



「なしたん?お腹空いてへんの?」
『そんなことないですよ』



同様を隠しながら、私もパスタに手を付ける。
喫茶店を出てからもしばらく歩きまわり、気が付けば空はオレンジ色に染まっていた。
今日が終わってしまう。



「今日はありがとな。楽しかった」
『私の方こそ、楽しかったです』



公園のベンチに並んで座る。
母親に連れられて帰る子供達を眺めながら、少しだけ悲しさを覚えた。



「夜ちゃん、ボクな話さなあかんことがあるんよ」
『何ですか?』



市丸さんは大げさに深呼吸をした後、口を開いた。
耳を塞いでしまいたいと思った。



「今日で会うのは最後や」



何で、どうして。
そんな言葉すら出て来なかった。
きっと、心のどこかではわかっていたから。
いつまでも一緒には居られないんだ。



「昨日虚に襲われたのはボクの所為や。ボクに会うことで夜ちゃんの霊圧は上がっていくんよ」



市丸さんは悲しそうに笑った。
何か言わなきゃ。
そう思う程に言葉は出て来なかった。
どのくらいそうしていただろうか。
太陽は沈み、辺りは暗くなった。
初めて会ったあの日のように、月がぼんやりと空に浮かんでいる。



「ごめんな」
『謝らないで下さい……私は市丸さんに会えて楽しかったです』



やっとの思いで出た言葉は何の変哲もないものだった。
これで最後なんだから、もっと気のきいた言葉を言いたいのに。



「最後にな、一つだけ言いたいことあるんや。ボクな、夜ちゃんのことが好きや」



隣に座る彼の顔を見れば、目が合った。
少しだけ開かれた瞳は悲しみで一杯で、それなのに綺麗だと思った。



『私も市丸さんのことが好きです』
「それが聞けただけでもよかったわ。これ、上げる」



彼が差し出したのは細長い箱。
開けて中を見れば、昼間私が見ていたネックレスだった。



『これ……』
「気に入っとったみたいやから。ボクと御揃い」



市丸さんが首を指さす。
そこには同じネックレスが輝いていた。
嬉しさと悲しさが一気に込み上げて来て、目から涙が溢れた。
これで最後だなんて思いたくない。



「夜ちゃん、ほんまにありがとうな。ほな、これ以上居ったら辛くなるさかい、ボク行くわ」
『市丸さん!』



立ち上がる彼の洋服の裾を思わず掴んだ。
何か言わなきゃ。
もう彼は行ってしまう。



『私、これずっと着けてますから。何年、いや何十年経ってもずっと。だから……だから、私が市丸さんの世界に行ったらまた見つけて下さい』
「せやな、そしたらそん時はずっと一緒やな」
『市丸さん、ありがとうございます』
「市丸さんやのうてギンや、ギン」



ふわりと抱きしめられて、彼が耳元で囁く。
耳にかかる吐息がくすぐったい。



『ギン、ありがとう……またね』
「また会おうな」



身体を離すと、ギンは刀を取りだした。
門の中に消えて行く彼は、一度も振り返らなかった。
きっとまた会える。
彼が確かにここにいたという証を握りしめて、私も日常に戻った。



END


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