初めての感情



まだ眠たい目を擦りながら隊舎へと向かう。
昨日の朝は夜ちゃんの家からそのまま隊に行ったせいかろくに寝ていない。
そして、昨日の夜は京楽さんに酒を付き合わされた所為でまたもや寝不足。
こんな日は屋根の上で昼寝をするに限る。



「おはよ」
「隊長、おはようございます。何だかお疲れみたいですね」



優秀な副官はボクの体調の変化にすぐに気が付く。
一つあくびをして机に向かうと、目の前に湯気の立つお茶が置かれた。



「あまり無理はなさらないで下さいね」
「おおきに。これ終わったらちょっと休憩して来るわ」



まさかただの寝不足で、その理由が酒のせいだなどどは言えずにまだ熱いお茶を一気に飲み干した。
筆を走らせながら考えるのは彼女のこと。
我ながらおかしなことだと思う。
他人になんて興味がなかったはずなのに、あろうことか人間の彼女のことがこんなにも頭から離れないなんて。



「隊長、何か悩み事でも?」



副官が心配そうな顔でボクを見る。
彼ならわかるだろうか、このもやもやの払い方を。



「なあイヅル、ある人の事がずっと頭から離れんでもやもやするんや。なしてかわかる?」
「はあ……その方はもしかして女性ですか?」
「ようわかったなあ」



しばらく考え込んでいた副官は、やがて少し言いにくそうな顔でそれは恋ですよと言った。
恋?
このボクが?
人間に?



「せやかて、会うてまだ四日なんや」
「それなら一目惚れではないでしょうか」



僕には経験がないので何とも言えませんがと申し訳なさそうに言う副官は、決してボクをからかうような子ではない。
仮にこれが一目惚れというやつで、ボクが夜ちゃんに恋しているとしても、それは叶うことのないもの。
結局ボクのこのもやもやは晴れない。



「きっと素敵な方なんでしょうね。隊長がお慕いする方なんですから」
「せやなあ……肝の据わった子やな」
「何と言うか、隊長らしいですね」
「さよか?」



いつものように困った顔で笑う副官は、少しだけ嬉しそうだ。
ボクも嬉しい。
でも、それと同時に少しだけ切ない。



「なあイヅル、人間って尸魂界に来れへんのよな?」
「当たり前じゃないですか。尸魂界は言うならば死者の世界、生きている人間は入れませんよ」
「せやんなあ……」
「隊長、もしかして……」



案外鋭い副官は、ボクのその相手が人間であることに気付いたのだろう。
目を伏せると小さく溜息を吐いた。



「隊長、良からぬことだけは考えないで下さいね」
「わかっとる。ボクかて隊長や」



副官が何を言いたいのか、聞かずともわかった。
それでも無性に彼女に会いたくなった。



「ちょっと明日現世に行ってくるわ」
「連絡はつくようにしておいて下さいね」



彼はそれ以上何も言わなかった。
言ったところでボクが聞かないこともわかっていただろうし、何よりこんなボクのことを哀れに思ったのだろう。
死神でありながら人間に恋してしまったボクのことを。


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