平凡な日常



「隊長、今日こそはちゃんと仕事してくださいよ!」
「何言うとるん、ボクはいつもちゃあんと仕事しよるよ」
「してないからこうして仕事が溜まってるんです!」



朝、珍しく定時に隊舎に行ってみれば副官に怒鳴られた。
彼が指さす先には山のような書類。
ちなみに、それが置いてあるのは他でもないボクの机の上。



「しゃあないなあ、今日は仕事したるからイヅルもそないに怒らんといてや」
「“今日は”じゃなくていつもしてください!」



はいはいと適当に返答して机に向かう。
隊長職に就いてもう何年経つのだろうか。
人間とは比べ物にならないほどに長い時間を生きるボク等死神にとっては、まだまだ人生のほんの一部にしか過ぎないほどの時間。
何が言いたいかというと、つまりは机上の仕事は嫌いだ。



「イヅル、これ終わったら出てきてもええ?」
「それが全て終わったら、ですよ」



気弱そうに見える副官は、これで結構怖い。
怒らせると後々痛い目に遭うということは既に学習しているので、条件付きでサボりの許可を得た。
副官というよりむしろ母親だな、なんて考えながら筆を走らせる。
どこかに不備があれば、この優秀な副官が正してくれるだろう。
一つ断っておけば、ボクは決して不真面目ではない。
しいて言うならば要領がいいのだ。
この副官を自分に付けたのも、彼にならきっとこんなボクの補佐が務まると思ったが故。
真面目でありながらある程度の融通は利く。
そして、ボクの副官が務まる程度に力がある。



「終わったよ。ほんならボクちょっと散歩に行って来るわ」
「なるべく早く帰って来て下さいね」



はあいと生返事をして隊首室を出る。
用事なんて特にない。
ただ、ふらりふらりとあてもなく歩くのが好きなだけだ。
これがボクの日常。
もう何年も続いている、確かな日常。



「ギン、またサボりかい?」
「藍染隊長。今日はちゃんと仕事終わらせてきましたよ」
「それは珍しいね。明日は槍でも降るんじゃないかな」



ボクの斬魄刀にかけているのだろうか。
けったいなオッサンやなと思いつつも適当に相槌を打つ。
ふいに、藍染隊長の顔が真剣になった。



「現世の様子はどうだい?」
「ああ、実験なら成功だと思いますよ。もう少し経過を見よう思うてます」
「そうか。引き続きよろしく頼むよ」



すぐにいつもの温和な表情に戻った彼は、遠くで呼んでいる彼の副官の少女に手を上げて返事をした。
長年彼の部下として働いているが、ボクは未だに彼のことが掴めない。
それはきっとボクだけじゃなくて、彼もまた同じことを考えていると思う。



「現世、ねえ……」



昨日出会った女を思い出した。
ボクのことも虚のことも視えていた。
おまけに記換神機が効かないときた。
無意識のうちに制御できているのか、思ったほどに強い霊圧は感じられなかった。



「虚に襲われんかったらええんやけど」



死神の視える人間には今まで何度か出会った。
彼等はボクの姿を見ると怯え出し、記憶を消してしまえば綺麗さっぱり忘れていた。
でも彼女は怯えることすらしなかった。
それどころか、お話の世界みたいだなんて悠長なことを言ってのけた。



「現世に行ってみるかな」



一度隊舎に戻り、副官に今日はもう帰ると告げると穿界門をくぐった。
舞い降りたのは昨日彼女に会った場所。
恐らく此処が彼女の家だ。
間取りから考えれば一人暮らしだろうか。



『あ、昨日の……』
「こんばんは、夜ちゃん」



彼女は部屋の中に居た。
ボクを見ると少しだけ驚いたような表情をした。



『何しに来たんですか?』
「何やろなあ、夜ちゃんに会いに?」



自分でもよくわからない。
ただ、平凡な日常に少しだけスパイスを加えてみたくなったのだと思う。



『何ですか、それ。あ、コーヒーでも飲みますか?』
「おおきに。もらってもええかな」
『あ、死神ってコーヒー飲めるんですかね?』
「飲めるよ。なあんも夜ちゃんと変わらへん」



人間と同じように食事をすることもできるし、感情もある。
それでも生きる世界の違う彼女に、少しだけ近づきたくなったのだ。


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