はじめましてユウレイさん



月の見えるよく晴れた夜。
まだ冷たい風が頬を切る。
煙草を咥えてぼんやりと空を見上げている現在。
ふいに視界の端に映ったのは見慣れないモノ。



『幽霊……』



幽霊の類を見るのはいつものことだ。
幼い頃からそうだった所為か、怖いと思ったことはない。
他の人には見えないことが普通であるものが、私には見えることが普通であるというだけ。
ただ、たった今目にした幽霊(仮)はいつもと少し違うような気がした。
再びその幽霊に目を向けると、最近よく見るようになった化け物と戦っているような様子。
幽霊が刀を構えて戦うだなんて話、聞いたことがない。
やがて化け物は断末魔の叫びを遺して消えた。
そして、刀を鞘に納めた幽霊がこちらに目を向けた。



「キミ、ボクの事視えとるんやね」



気付けばその幽霊はマンションの八階に居る私のすぐ側に来ていた。
にっこりと笑うその幽霊の髪色は、月明かりと無機質な電灯に照らされて銀色に輝いていた。



『昔から幽霊は視えていましたから』
「驚かへん人間も珍しいなあ。ボクが戦うところも見ててんのやろ?」
『はい、バッチリと。幽霊が戦うところなんて初めて見ましたけど』



ククッと喉を鳴らすように笑う幽霊。
その姿は黒い着物に白い羽織。
やっぱり普通の幽霊じゃないみたいだ。



「せっかくボクの事視える子に会うたのに残念やけど、キミにはボクの事を忘れてもらわなあかん」
『え?』



顔の前に翳されるスティックのようなもの。
幽霊がそのボタンを押すと、目の前が一瞬だけ明るくなった。



『あれ?幽霊さん!』



再び視界がはっきりとした頃には、さっきの幽霊は消えていた。
辺りをきょきょろと見回していると、かの幽霊が姿を現した。



「おかしいなあ、キミ覚えとる?」
『何をですか』
「さっき見たこと言うてみ」
『幽霊さんが刀で化け物と戦っていましたよ』
「故障かいな……」



ぶつぶつと独り言を呟きながら、さっきの機械を見ている幽霊。
何が起こっているのかさっぱり理解できない私は、じっと幽霊を見る。



「堪忍な。ほんまはボクら死神の存在を知った人間の記憶を消さなあかんのや。で、これがその機械」
『でも私の記憶は消えてませんよ?』
「せやから不思議なんや。故障いうわけでもなさそうやし、キミに効かへんのは霊力が高い所為やろか」
『霊力?』



聞き慣れない言葉に首を傾げる。
幽霊はククッと笑うと人差し指を私の口元に当てた。



「せやな、せっかく記換神機が効かへんやったんやし教えたるわ。でも、このことは誰にも言うたらあかんよ」



そして、幽霊は話を始めた。
彼が死神であること、さっきの化け物は虚というもので元は人間だったこと、そして霊力とは霊的な力のことで人間でも稀にそれが高く死神や虚が視えるということ。



『何かお話の世界みたいですね』
「ついでにボクの名前も教えたるわ。ボクは市丸ギン、死神の隊長さんの一人や」



隊長ということはそこそこ偉い人なんだろうか。
目の前の彼からはそんな様子は感じられないけれども。



「で、キミの名前も教えてや」
『月闇夜です』
「夜ちゃんか。夜ちゃんは霊力高いみたいやから、虚に狙われんと気い付けんとなあ」



少し考えるような素振りをした幽霊改め市丸さんは、懐から何かを取り出して差し出した。



『何ですか?』
「お守りや。もし虚が襲ってきたらとにかく逃げ。ある程度の奴やったらこれを持っとったら近づけんはずや」
『こんなもので……』
「失礼やなあ、これでもボクの霊力込めてあるさかい少しは役に立つんよ」
『……ありがとうございます』
「ほんならボクはもう行くわ。またな、夜ちゃん」



すると、市丸さんは刀を宙に突き立ててまるで鍵を開けるかのように回した。
どこからか門が出てきて、彼はその中に消えた。
去り際に振り向いて手を振ってくれた。
とりあえず私も手を振り返してみたら、少しだけ驚いたような顔をしていた。



『死神、ねえ……』



再び静かになったベランダ。
寒くなってきたので部屋に戻り、今日あった不思議な出来事を思いながら私は眠りについた。


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