左之さんと新八さんが新選組を離隊した。
がらんとした大広間に居るのは、私と平助と一くんそして千鶴だけ。
近藤さんと土方さんは、今日もお偉い方と話をしに行っている。



「何かやけに静かだな」
『仕方ないよ、こんだけ人数が減ればね』



重苦しい沈黙。
ここに居る誰もが、新選組の行く末を憂いていた。



「わ、私お茶を淹れてきますね!」
「ああ、頼む」



耐えきれなくなった千鶴が広間を出て行く。
残された私達三人は終始無言で。
何か言わなきゃ、そう思うほどに言葉は出て来なかった。



「玲、総司の様子はどうだ?」



口を開いたのは一くん。
そうか、一くんは知らないんだ。
私がもうしばらく総司に会っていないこと。



『さあね。俺しばらく会ってないし』
「あんたはそれでいいのか?」
『何が?』



少しの間の沈黙。
一くんは溜息を吐くとしっかりと私の目を見た。



「玲、あんたは鬼だ。そして、元はと言えばこの世界の人間でもない。いつまでも俺達と共に居る理由はないと言っている」
『何それ、俺に出てけって言ってんの?』
「そうは言っていない。しかし、あんたがもし望むのであればもっと別な生き方もできるんだ」
『別の生き方って何だよ。俺は此処にいるって決めたんだ』
「直に江戸から出ることになるだろう。そして、恐らくしばらくは戻って来れない。その間に総司に何かあったら、あんたは後悔しないのか?」
『総司に何かあったら、なんて簡単に言うなよ!』



思わず立ちあがって一くんの胸倉を掴んだ。
総司に何かあったら、なんて、そんなこと……



「玲やめろって!一くんも!」



一くんは顔色一つ変えずに私を見ていた。
わかってる、一くんが私のことを心配してくれていることくらい。
それでもどうしようもなかった。
仮定の話であるとはいえ、総司に何かあるなんて言ってほしくなかった。



「てめえら何してんだ!」



膠着状態にあった私達を引き剥がしたのは土方さんだった。
いつもの数倍怖い顔をして、私は睨みつけられた。



「こんな時に喧嘩か?そんな暇があったら鍛練の一つでもしやがれ」
「副長、すみませんでした」



素直に頭を下げる一くん。
目を逸らしたままの私を見て、土方さんが腕を引っ張った。



「玲、ちょっと来い」



有無を言わさず広間から連れ出された。
途中ですれ違った千鶴が不安げな表情で私を見ていた。
土方さんの部屋に入ると、とりあえず座れと言われて渋々腰を下ろす。



「何であんなことになってたのかは聞かねえ。検討はついてるからな」
『だったら何でわざわざ連れ出したんですか』
「総司のことだ。お前、最近アイツに会ってねえだろ?」



私は何も答えなかった。
こんなことを聞いてくるということは、総司に会ったんだろう。
私だってどうしたいかわからないんだ。
ただ、総司にどんな顔をして会えばいいのかわからないだけ。



『だったら何ですか。トシさんには関係ありませんよ』
「ったく、お前らは揃いも揃って……関係ねえから聞いてんだ」



トシさんは私の右手首を取った。
袖を捲ればそこには甲府に行く前に彼から与かっていてくれと言われた髪紐。



「俺はな、お前が総司のことを好いてるってんならそれでいいと思った。アイツがお前に気があることはわかっていたからな」



髪紐をそっと撫でる土方さん。
その手つきは驚くほどに優しくて、見つめる瞳もなんだか別人のようだった。



「これは俺の些細な抵抗だった。もし俺が戦場から戻らなかったとしても、お前に、玲にだけは覚えていてほしかった」



声が少し震えていた。
その後に続く言葉を聞きたくなくて、意味がないとわかっているのに目を瞑った。



「俺が確かに玲の傍に居たってことを。俺の心もお前に預けたってことを」
『トシさん……』
「悪いな、こんな時に。総司に言われたんだ、自分じゃお前を幸せにできねえから俺が幸せにしてやってくれって」
『総司がそんなことを……』
「だがな、生憎俺は新選組を背負っていくので手一杯だ。惚れた女一人幸せにすることすらできねえ」



そっと腕を離すと、土方さんは立ちあがった。



「それに、他の男に気がある女を幸せにしてやろうってほど心も広くねえ。それが総司ってんなら尚更な」



土方さんの手には、さっきまで私の腕にあった髪紐。
彼はそれを自らの腕に結びつけた。



「玲、お前はもう新選組の隊士じゃねえ。総司もだ」
『何言ってんですか?俺はまだ……』
「これは副長命令だ。お前等二人で何処にでも行っちまえ」
『嫌です!』



思わず立ちあがった私に、土方さんは包みを差し出した。
感触と重さから、中身が何なのかわかってしまった。



「俺からの餞別だ。有難く受け取れよ」
『トシさん……』
「新選組のことは心配ねえ。俺と近藤さんがいるんだ、何とかなるさ」



それだけ言うと、土方さんは部屋を出て行ってしまった。
残された私は、どうすればいいのかわからずにその場に立ちつくしていた。


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