江戸に行こうと決めたものの、場所なんかわからない。
この時代には便利な飛行機や新幹線があるはずもなく、かといって大通りを通っていては敵に見つかるかもしれない。
最早私も逆賊である新選組の一員なのだ。



「お兄さん、ちょいと寄っていかんかね」
『すみません、先を急いでいるので』



一刻も早く江戸に着きたい。
この時代で一人になるのがこんなに心細いとは思わなかった。
街に出ればすれ違う人皆が敵に見える。
もし、京で私の顔を見たことのある人がいたら。
そんな不安を抱えながらただひたすらに歩き続けた。



『痛っ……』



何日も歩き続けて、足は悲鳴を上げている。
そろそろ体力も限界かもしれない。
まともに休むこともできないままに歩き続けていたのだからそれも仕方のないことか。
立ち止り、座り込んで空を見上げると、日が傾き始めて赤く染まっていた。
新選組の皆もどこかでこの空を見ているのかもしれないと思うと、少しだけ元気が出てきた。
今日の休むところを探そうと立ち上がると、背後に人の気配を感じた。



「玲」



思わず刀に手をかけて振り向くと、そこに居たのは千景だった。
いつものようにふんぞり返ってしたり顔をしている。
それでも、今はそんな彼でも会えて嬉しいと思った。



『何してんの?こんなところで』
「それはこちらの台詞だ。江戸に向かうのではないのか?」
『向かってるよ。今どこにいるかもわかんないけど』



千景は溜息を一つ吐くと、こちらに来いと言うように歩き出した。
ついて行くと、辿りついたのは小さな小屋。
中に入ると寂れていてどうやら誰も使っていないらしい。



「足を見せろ」
『は?』
「いいから見せろ」



千景を私の手を引いて座らせると、袴の裾をたくし上げた。
そこから覗くのは真っ青な痣。
森の中を歩き続けていたため、いたるところに傷もある。
いくらすぐに傷が治るとはいえ、治った傍からまた怪我をしていたので見るも無残な姿だ。



『放せ!』
「大人しくしろ。すぐに終わる」



千景は慣れた手つきで傷を洗い、包帯を巻いていく。
その様子がなんだかおかしくて、つい笑みを零してしまった。



「なんだ」
『いや、千景が傷の手当てなんておかしくてさ』
「失礼な。これで終わりだ、今日はもう休むぞ」
『休むって千景も?』



千景は不機嫌そうに私を見ると、こんどは小さな包みを差し出した。
手に取って開くと、そこにはおにぎり。
食べろということなのだろう。
お礼を言って一つ手に取ると、口に運んだ。
何の変哲もない普通のおにぎりなのに、これまで口にしたどんなものよりも美味しく感じた。



「江戸まで連れて行ってやる」
『本当!?』
「どうせ、お前一人では辿りつけんだろうからな」
『失礼な……』



悪態をついてはみたけれど、正直いつになったら辿りつけるのかわからなかった。
それだけに、千景のこの申し出には心躍る思いだった。



「玲、沖田に会いに行くのか?」



おにぎりをほおばっていると、ふいに千景が尋ねてきた。
その表情は今までにないくらい真剣で、私は思わず彼の顔を見た。



「どうやら当たっているようだな。お前にいいことを教えてやる、沖田の居場所だ」



そう言って千景は私に一枚の紙を差し出した。
そこに書かれていたのは宿屋の名。
どうやら総司はここで療養しているらしい。



「新選組は江戸に移動している。しかし、直に江戸にも居られなくなるだろう。お前は知っていると思うがな」
『まあ、な……千景、ありがとう』
「別に玲のためではない。勘違いするな」



そっぽを向いてしまった千景に感謝しつつ、私は身体を横たえた。
まだ寒い一月、火を焚き続けている千景の姿を見ながら私は眠りに落ちた。


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