江戸からも京からも遠く離れた場所。 今日も総司は朝寝坊をしている。 『総司、早く起きろ!』 「いいじゃん、もうちょっとだけ……」 相変わらずだ。 無理矢理に布団をはがせば、だるそうに起き上がった。 「玲ちゃんも相変わらずだよね。ちょっとは女の子らしくしたら?」 『すみませんね、長い間男として暮らしてたもんで、すっかり板についちゃったんですよ!』 口の悪さも相変わらず。 けれどもこれが沖田総司という人なのだ。 『そうだ、今日千景が来るって』 「ええー、僕アイツ嫌いなんだよね」 『そんなこと言わないの。さ、着替えて』 この場所は千景が教えてくれた。 空気が綺麗なこの場所に居れば、羅刹の衝動も治まるだろうし、労咳も少しは快方に向かうだろうと。 「なんだ、沖田はこんな時間まで寝ているのか」 『千景!』 「玲、こんな自堕落な男は止めて俺のところに来い。俺なら如何に男のような振る舞いをしたとて咎めはせんぞ」 「何言ってんの。玲ちゃんは僕のものだから」 いつもの調子で喧嘩が始まる。 千景も総司もなんだかんだ言って仲がいいんだと思う。 ただ、似すぎているだけで。 『二人とも、いつまでも喧嘩してるんだったら出て行ってもらうよ』 静かになった二人にお茶を出す。 千景が来る時は決まって知らせを持ってきてくれる。 新選組の皆の。 「函館の戦いは終わった」 『土方さんは!?』 「どうやら銃で撃たれたらしい。その後は行方が掴めないそうだ」 『そっか……』 「大丈夫だよ。あの土方さんが銃で撃たれたくらいで死ぬと思う?」 総司が明るい声で励ましてくれる。 土方さんに最後に会ったのは、近藤さんが処刑されたことを総司が知った後。 総司がどうしても土方さんに会いに行くって聞かなかったんだ。 「それから、あの女鬼は江戸に居る。医者の真似事をしていた」 『真似事ってねえ……千鶴も医者の娘なんだから、きっと立派に医者やってるよ』 「あの千鶴ちゃんが医者ねえ……」 思わず笑う総司につられて私も笑う。 千景も今日はやけに機嫌が良い。 「お前達のことを話したら、いつか会いに来ると言っていた」 『どうしよう、男の人連れて来たら』 「いいんじゃない?変な奴だったら僕が斬ってあげるよ」 こんな時まで物騒なことを言う総司の頭を叩く。 彼はもう随分と刀を抜いていない。 ここに居ればその必要はない。 政府の目の届かない田舎だからか、かろうじて刀を取り上げられることはなかった。 「それから、斎藤からの預かり物だ」 『一くんから?』 「何これ、櫛じゃない。一くんが選んだのかな」 包みの中に入っていたのは綺麗な櫛だった。 結いあげた髪に、総司が挿してくれた。 「似合ってる。一くんにしては趣味がいいね」 『それ、一くんに失礼だから』 「さて、俺はもう行く。また来てやる」 「もう来なくていいよ」 『総司!』 立ちあがった千景は去り際に振り向いた。 彼もきっと、今は自由に生きているんだろう。 「そうしたいのは山々だが、俺は奴から頼まれているのでな」 『頼まれてる?』 「俺が行くまでお前達……いや、玲をよろしく頼むとな」 「何それ、土方さん玲ちゃんのことは僕に任せるって」 「沖田、あまり玲に迷惑ばかりかけていると取られるぞ」 遠く離れていても、私達は皆と繋がっているような気がした。 それぞれがそれぞれの思うままに生きている。 自分らしく生きること、それはとても贅沢で幸せなことなんだ。 END 桜梅桃李完結しました。 初の薄桜鬼連載、お付き合いいただきましてありがとうございました。 華月 桜梅桃李―桜は桜、梅は梅、桃は桃、李(すもも)は李、どの花も美しく精一杯に咲き誇っている。それぞれの木にはそれぞれの良さがあって、他に真似ができるものではない。 ← back |