あの日、玲ちゃんに打たれた頬は今でも少し痛む。 違う、頬が痛いんじゃなくて心が痛い。 あんな玲ちゃんの顔は初めて見たから。 「土方さん……帰って来てたんですね」 「玲から聞いてねえのか」 聞いているもなにも、あの日以来玲ちゃんには会っていない。 たまに様子を見に来てくれる平助君に聞いても、どこに居るか教えてもらえなかった。 嫌われたのかもしれない。 「玲ちゃん元気ですか?」 「総司……お前玲と何かあったのか?」 「別に土方さんには関係ありませんよ」 「関係ねえってお前なあ……」 呆れたような表情をすると、土方さんは黙ってしまった。 土方さんはきっと気付いている。 僕の玲ちゃんへの気持ち。 変なところで優しい彼だから、甲府に彼女を連れて行かなかったのも僕のためなんだろう。 「土方さん、もし僕がまた刀を握れるようになったら、また新選組の隊士として迎えてくれますか?」 「何言ってんだ、お前は新選組の隊士だ」 「じゃあ、待ってて下さい。今はまだ勘が鈍ってるかもしれないですけど、次戦いに出る時には僕も行きますから」 「総司、お前……」 これが僕なりに考えて出した結論。 一か八かの賭けだったけど、どうやら僕は賭けに勝ったらしい。 「玲はこのこと知ってんのか?」 「いいえ、最近会ってませんから。言うつもりもないですけど」 でも、きっと彼女はすぐに気付いてしまうんだろうな。 怒られるかもしれない。 もしかしたら呆れられるかもしれない。 それでも僕にはこの方法しか思いつかなかったんだ。 少しでも長く、君の傍に居られる方法が。 「だから土方さんも言わないで下さいね」 「それは約束できねえな」 「言ったら斬りますよ?」 「生憎、総司に負けるような腕はしてねえよ」 「それもそうですね……それから、玲ちゃんのこと頼みます」 土方さんの目が大きく開かれた。 僕が知らないとでも思ったんだろうか。 彼が彼女のことを想っているということ。 それなのに、わざわざ僕と彼女をくっつけようとしていること。 「僕じゃ玲ちゃんを幸せにしてあげられないんです。僕はきっと彼女の傍には居られない」 知っていた。 羅刹になっても労咳は治らない。 一時的に調子が良くなってはいるけれど、それはきっと長くは続かない。 羅刹の力は命を削り取るものだと聞いた。 それが本当ならば、もともと残り少なかった僕の命なんて、もう…… 「だから、玲ちゃんのことは土方さんに任せます。僕がお願いしてるんですよ?泣かせたりしたら承知しませんからね」 「ふざけんな、アイツはお前のことを」 「良いんですよ、僕が決めたことです」 「良くねえよ!アイツは、玲はお前の為に」 「いいって言ってるじゃないですか!」 土方さんを無理やり部屋から追い出すと、戸を閉めた。 次に彼女に会う時は、笑っていよう。 もう僕は大丈夫だって思ってもらえるように。 ← back |