そして年が明けて慶応四年。
正月早々物騒な音が聞こえる。
後の鳥羽・伏見の戦いだ。



「玲、屯所は頼んだ!」
『わかった』



とっくの昔に敵陣に突っ込んで行った新八さん。
その後を追った左之さん。
そして、その様子を見に行った土方さん。
この場に残されたのは私と千鶴。



「玲さん、皆さんは大丈夫なんでしょうか……」
『心配しなくても、皆殺したって死にやしないよ』
「でも……」
『千鶴がそんな顔してたら皆悲しむよ?今は皆が帰ってくるのを待とうよ』



心配そうな表情を崩すことのない千鶴。
思えば、彼女にとってこんなことは初めてだ。
そして私にとっても。
鳴り響く大砲や銃の音。
とてもじゃないけど刀では敵わない。



やがて皆が帰ってきた。
その表情は暗い。
土方さんは私を見ると溜息を一つ吐いた。



「この屯所を出る。すぐに支度しろ」
『大阪に行くんですか?』
「ああ」



住み慣れた京の町を去る。
大志を抱いて足を踏み入れたこの場所から出て行く。
そのことがどんな意味を持つのか、私には計り知れなかった。



『千鶴、俺について来い!』



千鶴と平助を連れて、先に伏見奉行所を出た。
そのはずなのに、後ろを振り向けばついて来ていたはずの千鶴がいない。
平助も見当たらない。



『嘘だろ……』



千鶴が平助と一緒に居るなら安全だ。
でももし一人だったら。
千鶴も多少は顔が知れているし、新選組と関わりがあると知られてはもう身の安全は保障できない。



『ごめん、トシさん……』



京を出る前、私は土方さんにある命令を下されていた。
それは、千鶴を江戸につれて行くということ。
今の状況では、新選組と関わりがあるというだけで彼女を危険に晒してしまう。
千景達から彼女を護ることも、今のように新選組がバラバラになっている状態ではとてもじゃないけど無理だ。



「玲」



背後から声をかけられた。
振り向けば、千景が立っていた。
こんなところで何をしているのか。



「まだ奴等と共にいるつもりか」
『他に行くとこないしね』



山の麓を見れば、真っ赤に染まる町。
掲げられた旗は、新選組が旧幕府軍となったことを示していた。



『千景こそ、まだ人間の世話やってんの?』
「俺はお前を迎えに来た。俺と共に来い」
『何言ってんの』
「お前の居場所なら俺が作ってやる。昔も一緒に暮らしていたのだからな」
『何馬鹿なこと言ってんの。アンタは千鶴を追いかけまわしてたんでしょうが』



恐らく千景達はもう薩摩や長州に手は貸さないだろう。
もう十分すぎるほどに恩は返したと思う。
後は放っておいても直に日本は明治時代へと向かうだけ。
新選組も、武士も、刀も……



「あの女鬼には想う奴がいるそうだ。随分と前にはっきりと言われた」
『あの千鶴ちゃんにねえ……何か寂しいかも』
「その割に嬉しそうだが」
『嬉しいに決まってんじゃん。誰だろうなあ千鶴ちゃんの相手』
「知らん、それより返事をもらえんのか」



返事、なんて初めから決まってる。
私はあの日気付いたんだ。
自分の心の中にいる人のことに。



『ごめん、千景のことは好きだけど、男としては見れないや』
「お前にも好いた奴がいるということか」
『まあ、そんなところ。でも、いずれ会いに行くよ。この戦が終わったら』
「そうか……楽しみだな」



そう言うと、千景は消えた。
燃え盛る炎を見下ろしながら、私は一つ決意をした。
江戸に行こうと。


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