バタバタと走る音が忙しなく聞こえる。 それもそのはず、局長が何者かに銃で撃たれたのだ。 『トシさん、近藤さんの容体は?』 「まだわからねえ」 『そっか……』 「心配すんな。あの人は殺したって死にやしねえよ」 そんなことわかってる。 わかってる……けど不安なんだ。 近藤さんのこともそうだし、総司や皆のことも。 新選組の局長が撃たれた、なんて一大事なのだから。 『総司』 「玲ちゃんか。どうしたの?」 『いや、総司大丈夫かなと思って』 「近藤さんのことでしょ」 総司が近藤さんのことを慕っていることは皆知っている。 さっきも土方さんは彼が余計なことをしないかどうか心配していた。 近藤さんのことになると、総司は周りが見えなくなるから。 「心配しなくても、仇討なんてしないよ。そんなことしても近藤さんは喜ばない」 『わかってるならいいんだ』 今の総司には、きっとそんな力は残っていない。 ほとんど部屋から出ることのなくなった彼の腕は、以前よりずっと細くなっていた。 「今の僕じゃきっと近藤さんの役になんて立てない」 『そんなこと』 「そんなことあるよ。ご覧よ、腕もこんなに細くなっちゃってさ。今なら玲ちゃんにも負けちゃいそうだ」 笑う総司の顔を見ていると、胸が締め付けられるような思いだ。 神様がもし存在するなら、なんで彼を労咳にしたんだ。 なんで彼だったんだ。 どうせなら彼じゃなくて私、を。 「何怖い顔してるの。もしかして僕の代わりに自分が労咳にって思ってた?」 『まさか……』 「そうだよね。でも、もしそんなこと思ってたら僕は玲ちゃんのことを許さない」 『ごめん……』 「僕は好きな人が先に死ぬなんて耐えられないからさ」 思わず総司の顔を見た。 彼はいつもと変わらない様子で笑っている。 いつものようにからかわれているんだろうか。 「気にしないで。僕が言っておきたかっただけだからさ。僕はもうじき新選組を離れることになるんだし、心残りがあるのは嫌だったんだ」 『新選組を離れる?』 「さっき山崎君から聞いてさ、近藤さんを大阪に連れて行くんだって。それで、どうせなら僕も一緒に行って診てもらえばって」 『そっか』 最後だ、そう言われているような気がした。 もう総司が新選組本隊に合流することはきっとない。 彼はそのまま療養し、そして……。 「最期にお願い聞いてもらえるかな?駄目って言っても聞かないけど」 そう言って、総司の腕が伸びてきた。 着物の裾から覗く細く白い腕。 今までずっと刀を握ってきたとは思えないほどに綺麗だった。 『総司……』 「少しだけ、このままでいさせてよ」 感じるのは総司の体温。 とても温かい。 彼はちゃんと生きているんだ。 『総司、俺は』 「言わないでいいから。玲ちゃんはきっと僕のことを好きなんだって、希望を持ったまま死にたいんだ」 『そうじゃなくて』 「いいから。お願いだから何も言わないで」 少しだけ声が震えていた。 顔は見えないけれど、もしかしたら泣いているのかもしれない。 涙なんて彼に似合わないことこの上ないけれど、この時ばかりは彼のことを愛しいと感じた。 それから数日後、総司と近藤さんは大阪へと向かった。 最後に交わした言葉はまたね。 さよならなんて言いたくなかった。 きっとまた会える、そう信じていたから。 → back |