二月のとある日の夜、なんだか眠れなくて屯所の中を散歩していた。 凍えるほどに寒いけれど、空気が澄んでいて付きも星も綺麗に見える。 まるでプラネタリウムだな、と思った。 『昔はこんなに空が綺麗だったんだな……』 「未来ではそんなに空が汚いのですか?」 突然の声に振り向けば、山南さんが笑顔で立っていた。 『たぶん綺麗なんだと思うんですけど、こんなに月や星が近くに見えることはありませんでしたね』 「そうですか。不思議なものですね、空に浮かぶものは手を伸ばせば届きそうなのに、いくら手を伸ばせど決して届くことはない。叶わぬ願いと一緒です」 そう言った山南さんの顔はなんだか悲しそうだった。 そうか、もうすぐ彼は変若水を飲んで羅刹となる。 彼の願いが再び剣を握ることだとすれば……私にそれを止める権利なんてあるんだろうか。 「そんな顔をしないでください。貴女には笑っていてほしいんですよ」 『山南さん……』 「さすがに冷えてきましたね、よかったら私の部屋でお茶でも飲みませんか?」 今日は珍しく山南さんが優しい。 少し嫌な予感がして、私は彼の部屋へと向かった。 「玲さんは未来から来たのですよね?」 『はい』 「未来というのは幸せなところですか?」 温かいお茶を手に、山南さんは突然奇妙な質問をしてきた。 幸せといえば幸せなんだろう。 少なくとも日本は今以上に治安がいいし、食べるものなんかにも困らない。 『幸せ、だと思います』 「そうですか。きっと、我ら新選組のような存在の必要のない世の中なんでしょうね」 その問いには答えられなかった。 もしかしたら彼はわかっているのかも知れない。 新選組の未来が明るくないこと、いつかは必要とされない時代が来ることを。 「それでも私は今の世に生きています。この新選組という場所で」 そう言って、山南さんは机上に置いてあった小瓶に手を伸ばす。 中身は聞かずともわかった。 変若水だ。 『それ、飲むんですか?』 「止めろと言っても聞きませんよ。これが私の望む幸せなんですから」 山南さんは静かに蓋を開け、中身を口に流し込んだ。 止めようと思えば止めることができた。 それでも、私にはそれをする勇気がなかった。 山南さんの願いを叶えてあげたかったんだ。 ← back |