今日は平助が江戸に立つ日だ。 新しい隊士を募るために、伝手のある彼が選ばれた。 『伊東さんのところに行くんでしょ?』 「ああ、一応顔見知りだし話は聞いてくれると思う」 伊東甲子太郎、後に新選組の参謀となる人物だ。 この人の一派が新選組に来ることによって様々な事件が起こるわけだけど、そのことを平助に言えるはずもなく、ただ彼の無事を祈ることにした。 「ついでに千鶴の家にも行ってみるつもりなんだ」 『へえ、千鶴喜んでただろ?』 ばっと赤くなった彼の顔に笑みを漏らす。 平助はわかりやすくて面白いな、なんて思いながら。 『良い知らせ待ってるよ』 「お、おう!」 屯所を出ていく彼を見送りながら、随分と嘘を吐くのが上手くなったなと思った。 この一年間、いろんな嘘を吐いてきた。 彼らに全てを、これから起こることを話してしまうのは簡単だけれど、もし話してしまってその先が変わってしまったら。 私にその責任を負う勇気はない。 「玲さん、どうしましたか?」 背後から声を掛けられて振り返る。 割と人の気配を読むのが上手くなったほうなのに、気がつかなかったなんてとんだ大失態だ。 『千鶴か、平助を見送ってたんだ』 「江戸に行かれたんですね」 『お前の家も見てくるって張り切ってたよ。帰ってきたら美味しいものでも作ってやるといい』 はい、と微笑んだ千鶴はやっぱりどう見ても女子だ。 皆が気にかけるのもわかる気がする。 「何か顔についていますか?」 『あ、いや……千鶴は可愛いなと思ってさ』 さっきの平助のように千鶴が真っ赤になった。 その様子がなんだかおかしくて、思わず声を上げて笑う。 「からかわないで下さい!」 『ごめん、だって本当に可愛いからさ。それにしても顔真っ赤にしちゃって』 「だ、男性の方にそんなことを言われるのには慣れてないんです!玲さんは普段から言い慣れているのかも知れませんけど」 むきになって反論してくる姿も、顔を赤く染めていてはまったく効果がない。 そしてふと、彼女の言った言葉に違和感を覚えた。 『千鶴、今なんて言った?』 「だから、男性の方にそんなことを言われるのには慣れていないんです!」 あっと、自分が大切なことを彼女に伝え忘れていたことに気がついた。 慌てて訂正しようと口を開くと、横からすっと手が伸びてきた。 「そうだよね、千鶴ちゃんは初だもんね。玲ちゃんと違ってさ」 『総司、離せ』 「嫌だよ。だってこのままにしておいたほうが面白そうだし」 小声で言った総司の頭を殴ってやろうかと思った。 そういえば千鶴に私が女だって言ってなかったんだ。 一年近くも一緒に生活していれば、気づいてもおかしくないと思うんだけど。 ←→ back |