枡屋…長州……
間違いない、枡屋について話している。



『私たち、運がいいみたいだね』



静かに頷く一くん。
隣の人達が話している内容は、枡屋が長州と繋がっていることを確信させるには十分なものだった。



「副長、戻りました」



すぐに屯所に戻り、土方さんに甘味屋で聞いた内容を伝える。
土方さんはなにやら難しい顔をして考え込んでいる。



『土方さん、まだ直接的な行動を起こすには早いと思いますよ?』

「…そうだな」



というのも、枡屋の主人が捉えられるのはまだ一年近く先のこと。
今ここで余計なことをしてしまっては、歴史が変わってしまうのだ。



「しかし…」

『私たちが聞いた内容からは、あくまでも枡屋と長州が繋がっているかもしれない、という推測しかできない。今ここで事を起こすよりは、彼らを泳がせてその動向を監視すべきだと思う』



煮え切らない様子の一くんに言う。
彼には悪いけど、ここは引くわけにはいかないんだ。



「しばらくは引き続き観察方に動向を探らせる。以上だ」



土方さんが言うならといった様子で、一くんは了承した。
ごめんね、歴史を変えるわけにはいかないんだ。
土方さんの部屋を出ようとして、私はあることを思い出した。



『そうだ、土方さんにお土産』



街で見かけた紫色の髪紐を差し出す。
見た瞬間に土方さんの顔が浮かんだから、いつもお世話になってる御礼にと買ってみた。



「俺に…か?」

『そうですよ。土方さん髪長いし、髪紐ならいくつあっても困らないでしょ?』

「そうか、ありがとな」

『いいえ、いつもお世話になってる御礼です』



いつも眉間に皺を寄せている彼の顔が、少し微笑んだ。
そして、何やら視線を感じるその方向に目を向ける。



「僕にはお土産ないの、玲ちゃん?」



ヤバい、忘れてた。
にっこりと笑う総司の笑顔は、今は恐怖以外の何者でもない。
とっさに私は土方さんの後ろに隠れた。



『歳三さーん、総司がか弱い女の子をいじめまーす』

「どこがか弱いんだよ」



呆れたような口調の土方さんだったけど、私のほうを向いて髪をわしゃわしゃと撫でた。
あーあ、せっかく一くんに結ってもらったのに。



『ほら、全身からか弱いオーラが出てるじゃないですか』

「“おーら”?僕そんなの知らないしね。じゃあ、代わりに今日は一日その格好のままね」



えー、と口を尖らせながらも、たまには女の格好で過ごすのも悪くない、そう思った。






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