えらい目にあったなぁ、と言うのが率直な感想である。
というのも、チェックが自分が振り袖なのを良い事に口の中に次々と食べ物を詰め込んできたからで―――
(ライカ、この炊き込みご飯は食べましたか?桜の花が入ったピンク色の米なんですよ)
(あとこっちの肉も美味しいですよ。さあ口を開けてください。折角のキモノを汚してしまってはいけませんからね!)
ニコニコと微笑みながら食物を運んでくるチェックの押しの強さに止めることもできず、やっとの思いで逃げ出したのは、彼が皿の盛り付けに自分の側を離れた後だった。このままでは胃が破裂してしまうと思ってこっそりと会場を抜け出したのだった。
(はあ……)
すっかり張ってしまった腹をさすりながら、ライカは再び提灯の光を頼りに桜並木を歩いていた。幸いなことに、着物のまま歩く事にも慣れてきた。とにかくいつもの面々と合流しようと歩を進めていた―――
「…った!」
『コッ……』
―――進めるはず、だったのだが。
*****
「申し訳ございませんでした…」
「いや…俺の方こそ」
「まさかウォーズマン先生がいらっしゃるのに気がつかないで歩いてたなんて、私も相当鈍りました」
「無理もないさ。色々と大変な目にあっていたのだから、疲れが出たのさ」
あわや転倒というところまでは避けられたものの、正面衝突してしまった故に顔面はずきずきと痛む。踏んだり蹴ったりだ――よりによって、恩師である彼にこんな様を見せてしまうだなんて。
「――おでこは大丈夫かい?」
「あっ、は、はい!」
「すまなかったね、俺が変に頑丈に出来てる所為で余計に痛い思いをさせて」
「いや、そんな……試合じゃあもっとなりふり構わないことになりますし……」
慌ててフォローをするライカに、ウォーズマンは目を細める。
「ならいいが……怪我は無くてほっとしたよ」
「そんな、できても気にしませんよ」
「君に怪我をさせたとなってはロビン達が大騒ぎするからな。特にバッファローマンにはロングホーンでバラバラにされかねない」
今日のノリと酔っ払い加減では本当にやりそうなのが恐ろしい。先刻自身に絡んできた彼の様子を思い出しながら、ライカは肝を冷やした。
「―――それにしても、本当に災難だったね」
「はあ…」
「ジャクリーンに目を付けられ、ロビン達に絡まれ、ケビンに攫われて……君も随分と人気者だな」
「できれば裏方に徹したい限りなのですがね」
「ふむ……でもねライカ、俺は君が羨ましい時があるよ」
「えっ」
ウォーズマンは空を見上げる。
「俺は君の年頃には、そうやって構ってくれる友達も、大人もいなかったからね……今の君のように、賑やかな青春時代には少なからず憧れを抱く時もある」
「……そう、なんですか…」
「…まあ、かといってあまり構われ過ぎるのも大変なのかもしれないが…無理もないな、男ばかりの環境では」
苦笑を漏らしながら、ウォーズマンは漆黒のマスクをライカに向けた。
「――言い忘れていたが、」
「はい?」
「その格好、とても様になっているよ。日本人の血を受け継いでいる所為か、とても違和感が無い…い、いや、違う!」
ここまで言ってぴたりと固まるウォーズマン。
「血、血なんか、関係無いんだ。君自身が、とても着物が似合う子で…ああっ」
心なしか、無表情な筈のマスクが赤くなったり青くなったりしている気がした。語彙を収集しようとコンピュータがフル稼働している所為か、ヘッドの方からは廃棄音が聞こえる。
体こそ頑丈に出来てはいるが、心は繊細な彼らしい反応だ。必死で言葉を探っている恩師の姿に、ライカは笑みが零れた。
「ふふ……そんな、お気を使わないで下さいよ。先生のお気持ちは充分に伝わっていますし」
「そ、そうかな……」
「着物なんて、歩きにくいし暑いし最悪だなんて思ってたんですけど……ウォーズマン先生にそう言って頂けたなら、着た甲斐がありました」
「えっ……」
「だって先生は、学生時代に一番お世話になっている大切な恩師ですからね」
「……!」
「それに……なんかこう、安心できるというか……お父さん代わりみたいな所もあるから……今日先生とお会いできて、凄く嬉しかったんですよ」
「……ライカッ……!」
ボフン!!!
「なっ、何だ!?何か爆発音が…」
「あっハンゾウ!ちょっと、助けてっ!」
「ゲ、ゲェーッ!?お前らこんな所で何やって」
「違う!そんなんじゃない!そんなんじゃないから!ていうか先生抱き起こすの手伝ってよ!!」
「チッ、だらしの無ぇレジェンドだなあ……」
「先生の悪口いうなってば!」
「イッ!?わかったから耳元で怒鳴るのはよせ!」
(初出:2012.09.19、改訂:2019.04.15)
前サイトではここで更新が止まっております。
あと数話で完結予定なので、年内に完成させたいですね…