良薬は万歩の後の

 あんな騒ぎの後だ。戻ったらまた何かと言われるだろうか。
 そんなライカの不安は杞憂に終わった。後輩達が向かった場所は先程の室内ではなく、屋外に設けられた会場であったのである。手入れが行き届いた日本庭園には所々に松明が設置されており、夜の野外にも関わらず周囲は明るい。

「あっ、ライカ!」

 聞き慣れた声に振り返ると、食べ物が大盛りの皿を抱えた超人がいる。彼らしいな、と苦笑しながら、ジェイド達に先に行くように目配せをする。

「チェックも来てたんだね」
「はい、普段は目にする事ができないご馳走が食べられると聞いたので」
「はは、チェックらしいね」
「それにしてもライカ…その恰好は……」

 ああ、そうだった。全く、ジャクリーンが超人レスラーだったらそろそろ技を決めているところである。
 心の中で独り言ちながら、今宵会う者相手に定番になった説明をしようと口を開こうとした。しかし、それより先に声を発したのはチェックであった。

「……ああ、舞妓のコスプレですね!」
「そうそ、…って、違う!」

 納得したような顔のチェック・メイトにノリツッコミを決めるライカであった…

「あのね、これは舞妓も着てる服だけど、私は別に仮装してるわけでは無いから」
「そう……なのですか?ああでも、言われてみれば顔が白くないですものね。確かにコスプレではないです」

 うんうんと頷くチェック・メイト。
 どうも正しい意味で理解できていない気がする。


「でも、私は舞妓よりもライカの方が可愛らしいと思いますよ」
「そう舞妓よりも……って、えぇ!?今何て…」
「だから、舞妓よりもライカの方が可愛らしいと―――」
「ゲェーーッ!」

 端正で、如何にも品行方正な性質が窺える顔から発せられる軟派な台詞に、思わず頭を抱える。

(そ、そんなコマシ台詞を何処で覚えてきたの!!)

 ああ、そうだ。きっと万太郎かキッド辺りと遊んだ時に影響されたんだな。
 新世代超人の中でも類い稀な純粋さを持って育ったチェックになんて事を教えるのだ、と保護者じみた怒りを抱く。

「ライカ、どうしたんですか」
「…何でもない。何でもないんだチェック……お前は何も悪くないよ」

 後で二人には、チェックを悪い遊びに誘わないようきつく言っておかなくては、とライカは決心した。

「そうだライカ、桜餅は食べましたか?」

 桜の塩気が甘い餡にとても合うんですよ、と言いながらチェックが差し出してきたのは、沢山の和菓子が乗った皿だった。これを一人で食べる気だったのだろうか。相変わらずの大食漢である。
 そういえば、会場に着いてからは慌ただしくて何も口にしていない。半ば高級料亭で振舞われる料理に釣られて来たようなものなのに飲まず食わずである。

「ううん、まだ」
「じゃあ是非とも食べてみてください……あっ」
「何、どうしたの」
「その服だと食べづらいですよね!ちょっと待ってください」
「え、待ってチェッ、え」

 何か納得したように大きく頷いたチェックは、傍らのテーブルに皿を置く。両手がフリーになったかと思いきや、右手には先ほどの桜餅が摘まれている。

「さあライカ、どうぞ!」
「…これはどういう事なの」
「何って、食べさせてあげようとしてるんですよ。さあ口を開けて下さい」

 口元に運ばれた桜餅からは香り高い芳香がする。さぞかし美味であろう。しかし。

「あの、自分で食べれるから」
「何を言うんです、折角のキモノを汚してしまったらいけません」

 さあさあと差し出してくるチェックの顔は至極真面目で、真剣にライカの事を思ってやっているのであろうが、ここは公衆の面前。羞恥プレイにも程がある。しかしチェックは後に引きそうにもないし、こんなやり取りを続けていたら不本意だがまたしても衆目が集まってしまうだろう。

 ええいままよとライカは口を開け、目の前の桜餅に素早く齧りついた。もっちりとした弾力と同時に、チェックの指が触れる感触が唇に残る。場所が場所なだけあって妙に気恥ずかしいが、多分誰も見ていないはずだと自身を励ます様にライカは咀嚼に専念した。
 噛み締める毎に桜独特の香りが口の中に広がり、鼻孔をも刺激する。込められていたこし餡も程よい甘さであり、滑らかな舌触りが心地好く感じられた。

「どうです?」
「うん……美味しい」
「それはよかったです」

 ライカの答えに、チェックは目を細める。

「ふふ、何だか餌付けをしてるみたいですね」
「また変な言葉を使う…」
「変なんですか?この間一緒に見た、動物がいっぱい出てくる教育番組にあった言葉じゃないですか」
「………」

 さっきの貴女、あれにでてきた親鳥から餌を貰う雛みたいでした、と笑顔で続けるチェックの言葉を聞きながら、ライカは教育とは斯くも難しいものなのかという一例を実感したのであった……
 かくしてパーティーに来た当初の目的を果たしたライカであったが、この後チェックの気が済むまで、彼の気に入った料理を手ずから食べさせられる羽目になるのである。

(初出:2012.06.03、改訂:2019.04.15)
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