見れどもあかぬ君にもあるかな

ああ、これなら写真を撮り続けられてた方が幾分かマシだったかもしれない。
現れた男の存在に顔をひきつらせながら、ライカはそう思った。割と本気で。

 彼女の脳内にある、"できれば会いたくなかった存在リスト"の上位(一位は勿論ジャクリーン)にランクインしており――…目の前の恩師の息子でもある男。


 ケビンマスクは、自身の父を仮面の奥から睨みながら、ライカの横に仁王立ちしていた。


「おおケビン、お前も来ていたのか」
「……何をしてる、と聞いている」
「見ての通りライカの貴重な晴れ姿を永久保存しておこうと思ってな。安心しろ、写真は焼き増しして後でお前にもやるから」
「余計な世話は無用だダディ」
「とは言っているが、内心喉から手が出る程欲しいんだろう?」
「……チッ」

 不機嫌そうに舌打ちを打つケビン。この親子はいつになったら素直に理解し合えるのだろうかと、ライカは呆れかけていた。
 尤も、ケビンにまでノリノリで写真は撮られたくないが。あくまでも自分は関係ない方向で和解して頂きたい。

「ほらぁーケビン、ライカの写メ見せたげるよ!」

 そしてこんな時でも万太郎はマイペースを貫く姿勢らしい。携帯画面をこちらに向け、駆け寄って来る。すぐに引ったくって消去ボタンを連打したいが、今は動きに制限が出る振袖だ。

「何なら送ってあげよっかぁ?今なら特別タダでいいよ!」
「人の写メ売り物にすんな!」
「あはははライカ、ジョーダンだってば……」


 ここで、万太郎の声が止まった。

 ケビンが彼から携帯電話を取り上げて両手に持ち、そして



『バギィッ!!!』



この間、わずか3秒だった。


「あーーー!!!」
「わ、わしのケータイがー!!!」


 ケビンは真っ二つになった携帯を石化している万太郎に返すと、ライカに向き直った。


「行くぞ」
「は!?何でアンタと、ちょっ…ちょっとお!?」

 戸惑っているライカを担ぎ上げると、疾風のような速さで会場を後にするケビン。その様子を、ギャラリー達は茫然と見送るしかなかった。
 唯一違ったのはケビンの被害者のキン肉マンで、彼はジリジリとロビンマスクに詰め寄っていた。

「こっ、こりゃあロビン!お前は息子にどういう教育をしているんじゃあ!」
「…すまないキン肉マン。謝罪と弁償は私がしよう。しかし、今回だけは見逃してやってはくれまいか?」
「な、何もお前が謝罪しなくともケビン本人がすれば……」
「…キン肉マン。私は嬉しいのだよ」
「はあ?何を言って―――」

 自身に向き直るロビンマスクの顔に、キン肉マンは驚いた。
 彼の目から滝のように涙が溢れ出していたからだ。

「あのケビンにもとうとう春が来たのかと思うと……わ、私は……!!」

 これでロビン王朝の未来も安泰だ!と噎ぶ奇行子。
 その姿は、ドジ超人と称された過去を持つキン肉星の現大王すらも、ドン引きするレベルであったという。


*****


「―――ケビン!降ろせ!降ろせっつってるだろ!!」
「口が悪いのは相変わらずだな」
「誰がそうさせてッ……う、うわっ!」

 勢いよく肩から降ろされライカは身構えたが、相反して着地する感触は驚くほど柔らかかった。その様子に、ケビンが可笑しそうに鼻を鳴らしたのが聞こえる。

「わ、笑うなよ」
「別に笑ってなんかないが?」
「……もういい」

 もうこの男にまともに取り合うのはやめようと思った。何が気に障ったのかは分からないが、だからと言っていくらなんでも人の携帯電話を真っ二つにするだろうか。しかもあの生ける伝説の頂点でもあり、一星の大王でもあるキン肉マンの私物だ。国際問題に発展してもおかしくは無いだろう――最も、キン肉マンはこの件で訴訟を起こすような男ではないとは思ってはいるが。
 ため息をついて、ライカは辺りを見回した。抵抗していたのと担がれていた時の体勢の所為で、どこに連れてこられたかは分からなかったのだが、どうやら外にいるらしい。燈された提灯が吊るされているのは、薄桃色の花が咲いている木だ。ぼうっとした赤味を帯びた光は一定距離を置いて列を作り、木々と足元を照らしていた。

「桜……?」
「あんなオッサン共と話してたら一晩なんてあっという間だからな」
「……」
「桜並木なんかお前の国じゃあまず見られないだろ」
「ええと、一応モスクワにあるけど」
「……」

 それは知らなかったらしく、ケビンは気まずそうに上を向いた。
 釣られた訳ではないが、ライカもそれに倣った。

「いや、確かにモスクワにはあるみたいだけど、私自身は見たことがないから……」

(……もしかして、これが見れるように気を使ってくれたのかな)

 そう思いながら横にいる男の姿を垣間見ると、驚いた事に彼もライカの方を見ていた。速攻で目を逸らし、再度木を見上げる。横でくつくつと忍び笑いを漏らす声が聞こえていたが無視した。
 今が夜で、且つ桜を照らすのが赤い光で本当に良かったと心から思った。自分の顔色はとても見れたものじゃあないだろう。幸いにも、春の夜風はまだ冷たい。これで少しでも冷めれば良いのだが―――

 闇に浮かぶ花を眺め、いつまでそうしていただろうか。それまでじっとしていたケビンが身動ぎをしたので、ライカは思わずそちらに顔を向けた。

「じゃあ……オレは帰る」
「えっ、も、もう?」
「今戻っても、ダディに説教されるだけだろうしな……それに、見たいものは見れた」
「見れたって、何が?」
「………」

 何も応えず、ケビンはくるりと踵を返した。ざくざくと砂利を踏む音が耳に付く。

「おい、ケビン!」

 声を掛けたがやはり無回答。代わりにひらりと振られた右手には、何かが握られていた。


 携帯専用のSDカードである。


「ま、まさか、お前、キン肉マンの携帯から……!!」
「フン、"救出料"にしちゃあ安いが、何も無いよりはマシだな」
「コラ、待て貴様!!!」

 追い掛けようとするが、再三言うようにライカの現在の格好は振袖である。おまけに底の厚い下駄を履いていては満足に動ける訳もなく、少しずつにか歩めない。

「ち、畜生、覚えてろよケビン!」
「――持ち主がそんな言葉遣いでは、着られている着物も可哀相だな」
「大きなお世話だ!それにこれはジャクリーンから借りた……おいコラ!!」

 そう言われて待つ者などいるはずもなく。

 忌ま忌ましい鉄仮面は闇に溶け込むように姿を消してしまった。ライカは追跡を諦めた。追い掛けている時は気が付かなかったが、大分足に疲れが溜まっているようだ。じわじわとした疲労感と、鈍痛がした。

「………ッ、」

 しゃがみ込んで足を摩るが、それで直ぐに治るはずもない。寧ろ立ち止まった事で疲れが一気に蔓延していた。このまま無理に歩くと本当に転びそうだ。



『―――御主、大丈夫か?』

「あ、はい……って、えぇっ!?」

 突然頭上から掛けられた声に、ライカは弾かれたように顔を上げる。声の持ち主の姿を捉えた瞬間、その目が驚きで見開かれた。



「ニ、ニンジャさん!?」



 ――驚いたのも無理はない。
 目の前にいる人物は、この世には既に存在していない"はず"の人物だったのだから。

(初出:2012.04.23、改訂:2019.04.15)
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