「……やっぱりマスコミは多いわけか」
「母上に僕のスーツ送っておいてもらってよかったぁ〜」
「ライカ、大丈夫?」
「ごめん、中に入るまではツィガンって呼んで…」
会場である料亭の大門付近には、各社のインタビュアーや、入待ちのファンと思わしき人々がたむろしていた。
会場内の記者は大手新聞社である超人タイムスのみと事前に告知されてはいたものの、入口だけは規制外の様だ。好き勝手宣伝してくれるので、委員会としてはむしろ大歓迎なのかもしれないが……
そんなわけがあって、ライカは今、ツィガンの銀狼のマスクをしている。恰好もシンプルなダークスーツであった。
「いえ〜い!ピースピース!」
「こらっ、U世!マスコミを煽らないでください!」
『あっ、日本駐屯中のニュージェネレーションが今、到着したようです!』
『是非ともお話を!』
(ああっ万太郎の馬鹿野郎〜!)
そんな声も出す間もなく、あっという間に大量のフラッシュに囲まれるチームAHOの面々であった……
『今後の試合出場のご予定は!』
『本日のパーティーに対するご意見を』
『お召し物は何ブランドの…』
「ちょ……その、ですね…」
マイクが一斉に向けられ、声が出なくなる。何度も経験してはいるものの、やはりマスコミの対応は苦手だ。そもそも一気に質問を吹っかけられてそれに答えるだなんて、器用な真似はできない。
(しょ……聖徳太子でもあるまいし!)
硬直するライカ。その腕を、誰かの手が掴む。
「――― いくぞ、"ライカ"」
「ガッ、ガゼル……!」
チームAHO一の長身を利用し、慣れた手つきで人混みをかき分け二人分の道をつくるガゼルマン。
―――その間は、しっかりとライカと手を繋いだままである。
ファンの一団の中から、キャアアという黄色い歓声が聞こえる。
カメラのフラッシュが一段と多く焚かれた。アナウンサーが何か質問を述べていたような気がするが全く聞こえない。
そんなガゼルマンの活躍により、ライカはさくさくと第一の難関を突破し門の中へ入ることができたわけだが……
「……おいガゼル…」
「何だ」
「何だじゃない!テレビの前で何やってるんだよ!し…しかも、本名で呼ぶだなんて!!」
「気にするな。騒がせておけ」
「さ、騒がせておけって……」
「……お前らなぁ…」
掛けられた言葉にハッとすると、先に入っていたらしい万太郎達が立っていた。
「……ほんと、お互い素直じゃないだねぇ〜」
「ねー、セイちゃん。ボクちゃん見ててほんとイライラしちゃう」
「ッ……おーまーえーらーなぁあーーー!!」
つかつかと早歩きで近寄ってきたキッドが、ガゼルマンとライカの間に割って入る。
「わぁっ、なにすんだキッド……」
「お前ら何手繋いでるんだよ!離れろ!早く!!」
「……なんでそんなにムキになる」
「Shut up、ガゼル!!テメェ後で覚えておけよ!」
「ふんっ」
キッドはきりとガゼルマンを睨みつけると、ライカの腕を掴んでそのまま砂利と踏み石の上を歩いてゆく。その様を睨み付けつつ……しかしどこか満足げに、腕組みをしながらガゼルマンも後に続いた。
「……キッドも素直じゃないだねぇ…」
「ほーんと。ボクの直球なアピール力を見習わせたいねぇ」
「直球である以前に貴方は下心が多すぎるんです」
冷静なミートのツッコミで背中を突き刺されつつ、三人の後を追う万太郎とセイウチンであった。
*****
「……キッド、あのー…」
「何だ」
「そろそろ腕を離してもらえる?」
既に6人は純和風な建物の前に辿り着いていた。
受付らしきスタッフの姿も見える。ライカとしては、周囲の目が気になるのでそろそろ離れてほしかった。
暫くの間の後に、自分の腕を握り締めていたキッドの手が外され、ライカはホッとため息を付いた。 自由になった手でポケットを探り、ジャクリーンから届けられた券を取り出した。
「U世の我が儘に付き合わせてしまってすみません…」
「気にしないでミートくん」
「そうだよ〜、いつだって気にし過ぎなんだよミートは」
「貴方はもっとライカさんに感謝してください!」
ミートに回し蹴りをされている万太郎を尻目に、ライカは受付に声を掛ける。既にジャクリーンから指示は得ていたらしく、スタッフは笑顔で対応してくれた。
「では御入り下さいませ。ごゆるりと、楽しいひと時をお過ごし下さい」
「はあ」
ごゆるりと出来るかは別として、普段はお目にかかれなさそうな豪華な料理が食べられる点については、ライカだって気になる。
また、久し振りに後輩たちや恩師に会えるのも、何だかんだと言ってはいたものの、ひそかにに楽しみにはしていた。
まあ……中には会いたくない者も若干名いるが、このパーティーに招かれたゲストは相当の数であろう。下手に動き回らなければ遭遇する確率はうんと減るはずだ。
案内通りに建物の中に入り、古風なインテリアで統一されたロビーに、6人は足を踏み入れた。
前方の通路の突き当たりにある大広間が、本日の会場のようだ。普段入る機会はない建物の空気に各々緊張しながらも、ライカ達は歩き出した。
「あら!万太郎達じゃないの!」
突如背後から掛けられた声に、ライカの顔が引き攣った。
「あー!ジャクリーンちゃーん!」
――よりによって、一番会いたくない相手と、一番最初に遭遇してしまうとは。
自身の運の悪さを呪いながら、ライカはそろそろとガゼルマンとセイウチンの背後に身を寄せる。を察してくれたらしい二人が盾の様に隠してくれた。
「皆来てくれて嬉しいわ!今宵は存分に楽しんでね!……あら、ライカは?」
キョロキョロと当たりを見回すジャクリーンに、このまま上手く気づかれないでくれ、と祈る。が、しかし。
「えっ?ライカならココにいるよぉ〜」
(おいこら万太郎!)
「あらあら、ライカったら…隠れんぼみたいな真似をして。私がごまかされるとでも思って?」
ニコニコしながら腕を掴まれる。振り払いたいが、有無を言わせないオーラが背後に見える。外見如来菩薩内面如夜叉――彼女の代名詞ともいえるその言葉を、ライカは不意に思い出した。
「まあいいわ……皆、ライカを少しお借りするわね」
「えっ!?ちょ、待」
「いいよ〜ジャクリーンちゃん!好きなだけどんどん持ってって!」
でれでれと相好を崩しながら答えている万太郎が、ライカには悪魔に見えた。
「あの、僕、皆と行きたいんだけど」
「私の前では"僕"禁止よライカ!それに何なのその格好!折角マスコミが入れないように手配したのに、ドレスアップしてきてないだなんて!!……まあ、そんな事もあろうかと色々用意しておいたのだけど――」
色々"用意"した。
不穏な言葉にライカの顔は一瞬で青褪めた。
「いっ、嫌だ!!」
「問答無用!さあライカ、行くわよ!」
「嫌だってば!か、勘弁して……うわあああ!!!」
凄絶な笑みを浮かべながらズルズルとライカを引きずってゆくジャクリーンの気迫に圧倒され、チームAHOの面々は半ば唖然として見送っていた。万太郎だけは笑顔で手を振っていたが。
「ハッ!…こ、こうしちゃおれん!行くぞセイウチン!!」
「あ、う うん!」
「くそっ、お前だけに良い顔はさせないぜガゼル!」
最初にガゼルマンが我に返り、次にセイウチン、キッドが続いて後を追い掛けてゆく。
「さあU世、ボク達も!」
「え〜〜〜、大丈夫だよぉ。ガゼルマン達が行ってくれたんだし、ボクもうパーティー行きたい〜」
「そのパーティーに誰の御蔭でタダで入れたと思ってるんですか!貴方って人はー!!」
尤もな正論と、ミートのラリアットが万太郎にクリーンヒットする鈍い音が、ロビーに響き渡っていった。
(初出:2012.03.24、改訂:2019.04.15)