―――何とかして、素顔のアイツを連れ出したかったのだ。
だから自分もメットとコスチュームを外して来ると条件を出して、どうにか約束を取り付けたのだ。柄にもなく、数日前から着てゆく服や連れて行く場所を決め、素顔同士で気兼ねなく会話できそうなレストランの手配もしておいたのだ―――しかし。
「……オイ」
「…ああ、言いたい事はわかるよ。私服がお前好みじゃないとか、女らしくないとかそういうことを言うつもりなんでしょ。わかったからそんな目で見ないで……」
「俺が言いたいのはそんな事じゃなくてだな!」
スカーフェイスは怒りで体を戦慄かせながら、びしぃと指差した。
「な―――なんでコイツが居やがるんだよ!」
「……フンッ」
スカーの指差したに居たのは、ライカの背後で腕組みをして不機嫌そうに彼を見ている、金髪赤メッシュの男。
「……しょうがないでしょ。ココに向かっている時に偶然会って、勝手についてきたんだから」
「偶然にしてはできすぎてるだろ!―――おい、ケビンッ!!」
スカーは鬼のような速さでケビンに近寄ると、その胸倉を掴んだ。
「帰れ」
「……嫌だと言ったら?」
「殺す!!」
「フンッ、面白い。やってみやがれ」
「ちょっとお前たち!場所を考えろって、場所を!」
ライカに止められて、渋々ながらもスカーは手を離した。
今三人が居るのは人通りが多い路上なのだ。そんな場所で若い男二人――しかも、どちらも顔立ちは恐ろしいほど整っている……が、女を挟んで睨みあうという構図は目立ってしょうがない。何のために、メットもコスチュームも外して私服で来たのか。そもそもの動機は、人目に付かせないためだったではないか。
当初の目的を思い出し、スカーはやっと落ち着きを取り戻した。
「私からも謝るから……ほらっ、行こう」
「………チッ」
「フン」
再度ケビンを睨みつけると、スカーは踵を返して、ライカの腕を掴み、歩き出した。当然のようにその後を着いてくるケビン……しかも、不機嫌そうな表情はより一層激しさを増している。そんな視線が背後からでも感じ取れる。
(ああッ、クソ……もう無視だ、無視!)
自分でも驚くほどの強靭な精神力で後ろの男を殴りたい気持ちを抑え込み、代わりにライカの腕を掴む手に力を籠めるスカーであった。
*****
「で……なんで服屋に来たの?」
「これから飯食う店はそんな恰好じゃ入れないぜ?」
「はぁ…――って!ここ滅茶苦茶高いって評判の高級ブティックじゃん!無理!私の給料じゃとても買えないよ!」
「俺が買う。気兼ねすんな」
「するわ!コレだからパトロン持ちの金持ち選手は――」
そんな庶民の叫び声を無視して店内に突入するスカーフェイス。
いらっしゃいませ、と笑顔で応対する店員に声を掛け、「女性用のフォーマルドレスとその他装備を一式見繕え」と指示を出す間わずか数秒。
あわあわしながら連れて行かれるライカの後ろ姿を見送りながら、手近にあった革張りソファーに腰かけた。…その後ろにはあの忌々しい金髪の男が立っている。上手いこと撒いてやろうとわざと人混みを歩いたりしたにも関わらず、結局ここまで付いてこられてしまったのだ。
「……ったくよぉ、今日こそはアイツと二人でデートできると思ったのに……」
「………」
いつもはあのチームAHOの面々…ヘラクレス・ファクトリー二期生である自分とその同期達に形無しだった筈の「先輩」どもが、生意気にも睨みを利かせていて(特に主席と三席が)全くと言っていいほど隙がなかったのだ。
「ブタ、サル、シカ、セイウチ…あとウマも時々…あんな動物園みたいな連中のどこがいいのかねぇ」
「………」
「あっ、アイツも犬か……ますます動物園じゃねぇか」
「……犬じゃなくて狼だ」
「テメェも仔犬って言ってただろう」
「…知らん。このツバメ野郎」
「ほざけこのファザコン男」
「歩くジュース絞り機が」
「マザコン」
「ピンクゴリラ」
「ゴリッ……!?」
「……なにしてんだお前ら」
ライカの冷ややかな声に、口喧嘩をやめてハッと我に返る二人。
「お、おう、何かあったか」
「よくわかんないから来たんだよ……ちょっと見て」
めったに見せないような困り顔をされ、しかも頼られた事に内心ガッツポーズを決め、スカーはソファーから立ち上がって付いてゆく。
しかし言わずもがなケビンも後を付いてくる。
「お客様にお似合いなものを並べてみたですが……お連れの皆様いかがでしょうか」
「……」
店員の『皆様』という言葉がとてつもなく気に食わないが、いい加減青筋を立てるのにも疲れてきたスカーはドレス選びに集中することにした。
「……コレなんかどうだ」
そういって、深紅に染められたシルクでできた、ボディラインを強調するデザインのものを指差す。
「赤か……予想はしてたけどさ、派手じゃない?スカート丈も短いし」
「いいじゃねぇかこれくらいなら。それに買うのは俺だ」
「うぐ……」
「…いや、これにしろ」
そういってケビンマスクが示したのはダークブルーのパーティードレス。丈は長めで一見控えめなデザインに見えるが、胸元にはスパンコール、スカート部分にはカラーサテンとラメ入りレースがふんだんに散りばめられており、決して地味なものではない。
「あ、悪くないかも」
「な?これが似合う」
「テメェ何勝手に服選びにまで参加してるんだよ!さり気に自分の鎧と同じ色にしようとしやがって」
「それはお前もだろうが」
「スポンサーは俺だぞ!何色着せようが自由だ!」
「自分色に染めて今夜はアバンチュールってか?この軟派なイタリア男め」
「何がアバンチュールだ!よくそんな恥ずかしいこと言えるな!」
「お前も相当恥ずかしいだろうが!」
またしても白熱する二人の男の言葉のドッヂボール。
店員もおろおろしている。
ライカによる一喝の後、結局彼女に選ばれたのは、二人が選んだどちらでもない、黒いベルベット地の膝下丈ワンピースであった。
それに似合う細かい装飾品数点を選んだあと、スカーはぶつぶつ文句を言いながらカード払いを済ませた。店を後にしながら舌打ちを鳴らす。
「ったく、散々だ!」
「……なんか、ごめん」
「お前じゃねぇ、アイツが悪いんだ」
「……フン」
だがしかし、スカーには策があった。
この後行く予定の店は超が何個ついても足りないほどの予約制高級レストランである。予約制というところもさることながら、フォーマル・ウェアでなければ入店は不可能だ。
一方今のケビンの格好は、Tシャツにブーツにロングコート。所作が整っている分ごまかしがきいているが、お世辞にも畏まった場にふさわしいものではない。いくら付いてこようとも、店の前での門前払いは目に見えている。
「また高そうな所を……」
「いいじゃねえかたまには。先輩たちと遊びに行っても、安いもんしか食えねぇだろ?」
「それは否定はしないけど」
「これも俺のおごりだから気にすんなって!人目も気にならないし」
「まあ……そうだけど」
「ほら入れ入れ!」
ためらうライカの背中を押してスカーは入店する。ケビンも入ってはきたが、関係ない。どうせ彼が入れるのはここまでだ。
スカーが予約していた旨を伝えると、店員は頷いて応対する。
「あの…この度は、お二人様のご予定でいらっしゃいましたよね?」
「ああ」
「後ろのお方は……」
「知らん。赤の他人だ」
ざまあねえなケビン!お前の悪運もここまでだ!―――そう心の中でほくそ笑むスカー。
ケビンのもとへ店員が行く。おそらく店の仕来たりを伝えているのだろう。門番やチーフらしき男も登場している。ケビンも何か言っているが、時間の問題だ。いくら彼が美男子とはいえ、その店にふさわしくない恰好をしていればそんなことは関係ない。間もなく追い出されるだろう。
――――しかし。
「しっ、失礼いたしました!」
「フン……」
「なっ、アイツ!何で入れたんだ」
「…恐らくだけど、さっきのアンタと同じことしたのかも」
溜め息交じりのライカの言葉に、スカーもピンときた。
(あっ、あの野郎、バックの名前使いやがったな!!)
ケビンもスカーに負けず劣らずの人気超人レスラーである。故に相当強力な後援者もいる筈だ。オリンピックに出場していた分、下手をしたら、スカーよりも権力のあるパトロンが付いているのかもしれない。
権力に屈した店の中途半端なプライドにも腹が立ったが、何よりもそこまでして自分達に付いてきたケビンが恨めしい。ギリギリと歯ぎしりをしながら目の前の男を睨みつける。
「……スカー、もうしょうがない。三人で食べよう」
「ッ……クソッ!!」
「フッ、安心しろ。オレの分の料金は自分で出す」
「〜〜、そういう問題じゃねぇーーー!!!」
スカーの悲痛な絶叫は店内に木霊していった――
(全く、なんてこった!)
(初出:2012.03.16、改訂:2019.05.04)
拍手のお礼用(二代目)でした。スカーはジェイドと並んで「人気が高すぎるから好きになってしまったら何だか悔しい」と思うキャラでした。悔しい!