会議は踊る

3
 ばふん、と音をたてて、ライカはベッドに顔をうずめた。胸にまかれたテープとコルセットは外され、狼のマスクは机の上に置かれていた。今のライカは、本来の姿に戻っている。シャワーを浴びたのだろう、髪はしっとりと濡れていた。
 横たわった瞬間に、蓄積した疲労がどばどばと溢れだしてくる。筋肉の、繊維の一本一本余すところなく疲れがいきわたり、全身が悲鳴を上げていた。
 再三覚悟は決めていたものの、ヘラクレス・ファクトリーで行われる鍛錬は予想以上であった。到着するなり講師となる伝説超人達に促され、施設案内も荷解きもままならないで高速ランニングマシーンに乗せられたのだ……しかも、巨大な丸ノコ付きの。
 持って生まれた狼の持久力と、父が施した訓練のおかげで何とかクリアできたものの、この時点で若手超人はふるいに掛けられていたのだ。大怪我をしたり、リタイアした数人は、各々の国に帰国させられるらしい。今日到着したばかりである事を考えると、あまりにも不憫すぎる。

 うつ伏せ状態からごろりと体を反転させ、ライカは天井を仰いだ。鍛錬の件もそうだが、1日中慣れない環境で気を張りすぎたために疲労感はいつもの倍は感じていた。慣れない環境からくる疲れなら他の生徒達もそうかもしれないが、ライカは名前を偽り、女である事をひた隠しにしている。念には念を重ねた男装自体は日常的に行っているものの、大人数の超人達と関わるのが初めての所為で、とにかく緊張していたのだ。

 そんな努力の甲斐もあって、万太郎達をはじめとする同期にも、見た目と相反して聡明なミートにも、更には父と親しくしていたであろう講師陣のレジェンド達にも疑われることなく、ライカは『男』として扱われていた。
 ひとまず第一関門は突破したか……とライカは安堵のため息をついた。
 一番不安だった宿泊場所も、マスクを被っている超人に配慮してか、個人部屋があてがわれていた。小さいが風呂とシャワーもある。これならわずかな間ではあるがリラックスもできるだろう。

 それにしても今日は凄かった、とライカは一日の出来事を思い返した。
竹刀を持って怒声を上げるバッファローマンは、二本の角も相まってまさしく鬼のようだった とか、小さいころ写真で見せてもらった折に、見た目が可愛らしくてお気に入りだったジェロニモが、貫録あふれるおじさんになっていて少しショックだったとか、そんな取りとめのない事が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
 地獄の特訓をした後は、ぴぃぴぃ泣いていた万太郎も、余裕をこいていたガゼルマンも、ぐったりとして食事中は誰もほとんど喋らなかった。口を動かすのも億劫だったのだ。
 唯一気丈そうに振舞っていたのは、例の送迎機騒動で万太郎に啖呵を切っていたキッドだが、これは見栄を張っているだけで、彼だって疲れているに違いないだろう。それ以前に彼は誰ともつるまず食事をしていた。
 そんな自分達を眺めながら、伝説超人である講師たちは、どこか楽しそうな表情を浮かべて、自分達も食卓についてる。
 黙々と食事するのも味気ないと思い、ライカはこっそりとレジェンドの面々を盗み見た。父から御伽話のごとく枕元で聞かされてきた伝説超人達が目の前にいる。ライカは不思議な気分だった。
 改めて1人1人を確認すると壮観だ。前述したバッファローマンやジェロニモ以外にも、ラーメンマンやウルフマン、カレクックやペンタゴン、そしてロビンマスク――こんな面々と、共に食事をしているのは実はすごい事なんじゃなかろうか、としみじみと思った。
 ふと、ライカは視線を感じた。それは今まさに自身が見つめていた席、レジェンド達の食卓の隅から発せられていた。
そこにいたのは全身が漆黒で覆われている赤い眼の超人。

(ウォーズマン先生……)

 彼はライカと同じくロシア出身で、メカニクルと超人パワーの粋が集まった『ロボ超人』だ。その所為か、他の伝説超人達に見られる老化による外見の変化が、彼には全く見られない。『ファイティングコンピューター』という呼び名の通り、冷静で的確なファイトをするが、その昔は残虐なプレースタイルを好んでいたらしい。

(あわわわ)

 それを思い出しライカは横目を止めて更に向き直った。食事中にじろじろ見るなという抗議の視線を向けられていたのかもしれない。バッファローマンのような直情型は怒らせたら殴る怒鳴るで怖いのは当たり前だが、ウォーズマンはどうだろうか。少なくとも直情型ではないだろう。だとしたら……静かに怒って、後で呼び出してくるタイプか?
 ライカは想像してみた。「後で指導室に来なさい」と有無を言わさぬ態度で自身に宣告し、パカッと口を開けるウォーズマンを。
 怖い。怖すぎる。
 やはり過去の感傷からは離れようと思った。いくら自身が、彼らに特別な思い入れを抱いているといっても、彼らにとっての私はたかが1人の教え子だ。ここは超人を育成するヘラクレス・ファクトリーである。通常の教育現場とは違う、非情なやり方が多いということは、今日帰還させられる同期達を見て学んだではないか。
 きっと自分も、大怪我をしたり弱音を吐いたりすれば、「用済み」という烙印を押されて直ちに地球へ送り返されるのだろう。……最も、リタイアする気はない。今までの人生の意義の大半は、ここへ入学できた事だけのようなものだから。

(いや…それだけじゃ、駄目なんだ)

 入学自体は、多少見込みのある超人なら、誰だってできる。
 ライカにとって今重要なのは、ここから生き残る事が出来るかだ。それは今後の自身の力に委ねるしかないだろう。
 良い感じに瞼が重くなってきていた。ライカは手を伸ばし、電気紐を引っ張って部屋を暗くすると、ベッドの中に滑り込んだ。


******


 同時刻。
 所変わって、ヘラクレス・ファクトリーの大会議室では、講師陣の伝説超人達が初日の様子を各自報告しあっていた。司会は校長のロビンマスクが務めている。

「くどいようだが、どんなに酷な事をしていると思っても憐れまずに容赦なく指導していってくれ。彼らが今後、悪行超人達を打ち破れるだけの力を、あと三カ月以内には習得させねばならないのだから」
「んなこたぁ百も承知だぜぇ!オレがビシバシ扱いて、最強の新世代超人を育ててやる!」

 ロビンの言葉に意気込むのは、ライカの回想にも出てきたバッファローマンである。若かりし頃は『怒れる雄牛』として名を馳せていた彼も、今では初老の年齢に達している。しかしながら、その激しい気性と岩山のような体格は、当時とほとんど変わっていない。

「ふふふ……最初はあんなに乗り気ではなかったというのに」

 横で苦笑しながら口を開くのはラーメンマンだ。立派な頭髪と髭を蓄えた姿はまるで高名な仙人の様だ。

「ガキどもの教育係だなんて、最初はごめんだと思ったけどよ、なかなかどうして楽しいじゃねぇか」
「全くだ。若者の成長を見守るのは楽しいものだなぁ」

 ラーメンマンはバッファローマンの言葉に同意しながら、さも可笑しそうに付け加えた。

「それにしても、あのバッファローマンが教育者になるとはなあ。ジャージもしっかりと着こなしていたじゃないか。お前が竹刀を振り回す様が、私は内心可笑しくて……ふふっ」
「はぁ!?」
「あー、わかる。ステレオタイプの熱血教師みたいだよなあ」
「暑苦しいところもぴったりズラね」

 ウルフマンとジェロニモの言葉に、バッファローマンを除いた全員が一斉に噴き出す。

「なっ、なんだよオメーらぁ!ガキ共脅すにゃあ、大声出して竹刀振り回してるのが手っ取り早いだろ!」
「…脅すという表現は適切ではないが、お前の心がけが生徒達への刺激になるのは確かだろうな、バッファローマンよ」

 ロビンマスクが静かにフォローする。バッファローマンは機嫌を直したらしく「まあな!」と得意げな顔になった。笑い転げていた一同は静かになったものの、未だにやにやと笑みを浮かべているものが大多数だ。

「それにしても、なかなか骨のありそうなが若者たちが揃ったじゃないか。鍛え甲斐があるというものよ」
「ランニングマシーンでへたばっているようじゃあまだまだだけどな!」
「…まあ、初めての経験なのだから無理もないだろう。それでも、まだ脱落者は数人しか出ていないのだから大したものじゃあないか」

 これからますます過酷な訓練を施すことになるがな、とラーメンマンは重々しく締めくくった。

「それにしてもよぉ、やっぱり血筋は争えねェっていうか…テリーの野郎の息子、大したもんじゃあねぇか!特訓が終わった後に涼しい顔してやがったの、アイツくらいだったぜ!」
「全くだな。テリー・ザ・キッド……テキサスの暴れ馬の魂は息子に確実に受け継がれているという事か」

 それにくらべて、とバッファローマンは声を一段と大きくする。

「あのキン肉マンの息子って言うのはよう、大丈夫なのかよロビン!」
「報告によると、キン肉万太郎は一度悪行超人をキン肉バスターで倒している。今でこそ泣きごとを言っているが、鍛えれば父親同様、若手超人のエースになるだろう。」
「げ、本当かよ……まあ、確かにキン肉マンと瓜二つだけど」
「あのブタ鼻といいタラコ唇といい、下品なところといい、完全に親父譲りだしな!」

 再度会議室内が笑い声に包まれる。万太郎がいたら憤慨するような会話内容だが、彼らの表情には侮蔑や嘲笑といったものはなかった。懐かしさ故からくる軽口であり、純粋に会話を楽しんでいるのだろう。

「そういえば……ヴォルクの」

 皆の笑いを止めたのは、漆黒のロボ超人・ウォーズマンの台詞だった。

「ヴォルクの息子も、いた」
「そうそう!俺も気になってたんだけどよぉ!マスクは違うし少し小柄だけど、アイツにそっくりじゃねえか!良い目ェしてるし、筋も悪くない。ああいう奴こそ鍛え甲斐があるってぇもんだ!」
「まさかヴォルクに息子がいたとはな……知らなかったのも無理はないが」
「悪行超人が再来した時も、ヘラクレス・ファクトリー開校の時も、存命の伝説超人たちの中で唯一連絡がつかなかったからな」
「特に親しくしていたお前ですら、ヴォルクの現住所を知らないんだろう、ウォーズ?」

 ロビンマスクの問いかけに、ウォーズマンが頷く。

「全然知らなかった。十年以上手紙も電話もつながらない。ブロッケンJr.も同じ事を言っていた」

 うむ、とロビンマスクが低く唸った。

「一度ツィガンから、直接話を聞いてみたほうがよさそうだな」
「じゃあいっちょ俺が聞いてみるか!」
「お前が行ったら呼び出しだと思って怯えるかもな」

 本日二度目のラーメンマンの指摘。顔を真っ赤にしたバッファローマンが彼に掴みかかろうとする。それを他の超人達が急いで引きとめようと次々に立ちあがった。
 唯一立ち上がらなかったのはウォーズマンだった。

『コー…ホー………』

 溜め息とも聞き取れるような彼独特の呼吸音をもらしながら、ウォーズマンは思索に耽っていた。
 以前のヴォルクならば――友人思いで自身が不利益になろうとも、他者を助けることを善とした彼ならば、ヘラクレス・ファクトリー立ち上げの招集に即座に応じている筈だ。
しかし、彼は息子だけを寄こした――

(ヴォルク……お前は一体、何を考えているんだ?)

 世界最高峰の電子頭脳でも、その答えは得られそうになかった。

(改訂:2019.05.06)
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -